「さぬきの夢」とは、香川県で開発されたうどん用小麦の総称です。
これまでには、「さぬきの夢2000」および「さぬきの夢2009」がこれに該当します。

「香育20号」と「香育21号」

「さぬきの夢2000」は確かに「もっちり感」はあるし、「旨み」も申し分ありませんでしたが、たった一つだけ問題点がありました。
それはタンパク質の量が少なく、またその性質が脆いために、生地の形成において「つなぎ力」が不足し、その結果うどんが切れやすくなることです。
そのため「さぬきの夢2000」を使ってうどんを作るには、その限られたグルテン量を最大限に生かす必要があり、それには加水量をキチンと量り、熟成時間を正確に守り、また何より丁寧につくる必要があります。

そうはいっても、うどん屋さんによっては猫の手も借りたいほど忙しいところもあり、わかっていてもなかなかその製法手順が守れないところもあります。それではということで、さぬきうどんにばっちりで、しかも作業適性に優れた小麦を開発しましょうということになり、「さぬきの夢2000」の後継品種の開発が香川県農業試験場で進められました。
その結果、嬉しいことに有望系統が「香育20号」と「香育21号」の2種できあがりました。両者甲乙つけ難く、開発元の農業試験場でもどちらにして良いのか決めあぐねたので、それなら一層のこと、農業試験場、香川県、小麦生産農家、製粉工場、うどん店、そして一般消費者など関連しているみんなで決めましょうということになりました。

そして一般消費者の意見を求めるために、なんと実際にあるうどん屋さんで、「1000人無料試食アンケート大会」と銘打ってその両方を食べてもらうイベントも開催しました(2009.10.01)。当日は「かけうどん」もしくは「ざるうどん」のどちらかを選ぶようになっていて、その総合的な評価は概ね次のようなものでした。

香育20号・・・きれいな小麦色の淡黄色が食欲をそそる。コシの強さと歯切れの良さを兼ね備えている。
香育21号・・・どちらかというと「さぬきの夢2000」に良く似ていて、コシというか粘り強い食感が特徴。麺の旨みはこちらの方が少し深いような印象。

それぞれに特長があるので甲乙つけ難く、またそれぞれの方向性が異なるだけに、アンケート会場でも意見が真っ二つに分かれていたようでした。
ただ後継品種の決定にあたっては、両者の単純な比較だけでは決定できない要因もあります。というのは現在さぬきうどんの原料小麦はASW(オーストラリア産)が主体ですが、こちらとの関連性も考慮する必要があるのです。
つまり「どちらのうどんも良く似ていて美味しい」よりも「どちらも美味しいけれど、それぞれに個性がある」方がお互いの小麦にとっても良いはずです。そう考えると答はなんとなく見えてくるような気もします。
そして次期後継品種は2009年10月30日に開催された「さぬきの夢推進プロジェクトチーム検討会」で決定されました。

 

 

後継品種「香育21号」

2009年10月30日に開催されたさぬきの夢推進プロジェクトチーム検討会」に於いて、「さぬきの夢2000」の後継品種として、「香育21号」が決まりました。「さぬきの夢2000」はそのうどんの旨みには定評がありましたが、グルテン含有量やその脆さに起因する製麺適性の低さが唯一の課題になっていました。じっくりと丁寧に手順を守って製麺すれば、どこにも負けない旨いうどんができるのですが、反面大量生産にはなかなか向かないのも事実です。

そこでこの問題点をクリアーし、後継品種候補として浮上してきたのが、「香育20号」と「香育21号」です。「香育20号」と「香育21号」はどちらも魅力的な小麦ですが、その方向性つまり性格はかなり異なります。前者は従来の国産小麦らしくなく、どちらかといえばオーストラリアの小麦とよく似ています。一方、後者は従来の「さぬきの夢2000」と共通点が多く、簡単にいえば「さぬきの夢2000Ver.2」といったところでしょうか。そこでこのどっちを後継品種に決定するかを巡り、次のようなかなり大がかりな調査がおこなわれました。

①栽培適性調査
いくらおいしいうどんができても、肝心の農家の方にとって栽培適性が良くないと、耕作意欲があがりません。
②製粉適性調査
試験室で少しだけ製粉するのと、実際の製粉工場で大規模製粉するのでは、事情が異なります。そこで実際の製粉工場で製粉してみました。
③製麺適性調査
実際の製麺工場で、乾麺および半生麺を製造して比較しました。
④実需者アンケート
打ち比べを希望するうどん店47店舗のご主人に実際に打ち比べていただきました。つまり製麺のプロによる評価です。
⑤1,000人試食アンケート
ずばり1,000人試食アンケート大会を実施して、その結果をまとめました。当日は結局1,093名が試食されました。
⑥半生麺試食アンケート
上記のアンケート大会にこられた方に、半生うどんをプレゼントし、そのアンケート結果です。
⑦うどん店試食アンケート
現在の「さぬきの夢2000」を使用している「こだわり店」でおこなった763人による試食アンケートです。

そしてなんと驚くべき事に①~⑦すべてにおいて「香育21号」が後継品種として適しているという結果がでました。特に⑤の1,093名による試食試験の結果は非常に大きな意味があると思います。
また④においては、実際に試したうどん店のご主人のうち、66.7%、つまり3人に2人が「香育21号」が後継品種に決まったら、使用したいという結果になりました。

右写真、後継品種が決定し満面の笑みを浮かべるプロジェクト検討会・北川博敏座長

また②の製粉適性においては、「香育20号」の方が製粉適性は優れているけれど、粘っこくて製粉しづらい「香育21号」の方が、国産小麦らしいということで、敢えて「香育21号」が後継品種として適しているという結果になりました。まぁ、「あばたもえくぼ」みたいな感じでしょうか。同じことはうどんの色についても言えます。本当は淡黄色、つまり淡い黄色味を帯びたうどんの方が、きれいで食欲をそそると考えますが、敢えてすこし白くてくすんだように見える「香育21号」が後継新種に相応しいということになりました。

最後にひとつだけ補足いたします。もし純粋に「香育20号」と「香育21号」だけを比較するなら、結果はこんなにきれいに分かれなかったかも知れません。つまり2つの小麦の性格はかなり違うけど、うどんそのものはどちらもそれぞれに美味しいのです(だから農業試験場でも決められなかったのです)。現在、さぬきうどんに使用されている小麦粉の90%以上は、ASW(オーストラリア産)です。乱暴な分類ですが、このASWの性質を「A」とするなら、「香育20号」は「A’」、「香育21号」は「B」と表現できます。つまりASWと「香育20号」は少し似ているところがあるのです。だから「市場が多様性を求める」という意識が、働いたのが真相かも知れません。

 

 

品種登録名「さぬきの夢2009」

「さぬきの夢2000」の後継品種に決まった「香育21号」という名前は、香川農業試験場において品種の育成段階で使用している系統名のことで正式名称ではありません。
例えば、「さぬきの夢2000」は、正式な品種登録名ですが、この系統名は「香育7号」でした。
そしてこのときは、その登録出願年が西暦2000年であったことにちなんで、「さぬきの夢2000」と命名されました。つまり系統名が「香育7号」であり、小麦の正式名称である品種登録名が、「さぬきの夢2000」です。そして当時は、このインパクトが大きかったために、この小麦を製粉してできた小麦粉、そしてそれを練って作ったうどんもすべて、「さぬきの夢2000」と呼ぶことにしました。
つまり小麦も小麦粉もうどんも、全て「さぬきの夢2000」と呼んでいました。

このような背景のもと、今回「香育21号」が後継品種に決定されました。すると当然その品種登録名を決める必要があります。そしてその名前の決定にあたっては「推進プロジェクトチーム」という場で大いに議論され、その大勢は「せっかく『さぬきの夢2000』という名前が定着してきたので、品種が変わっても同じ名前でいこうじゃないか!」というものでした。この案は、従来の包装資材も無駄なく使用できるので、妥当な案でした。

しかしここにひとつ問題がありました。それは「さぬきの夢2000」は「香育7号」の正式名称として既に使用されていることです。つまり「香育21号」には、品種登録名として「さぬきの夢2000」をつけることはできないし、よって「さぬきの夢2000」という小麦を使用していないのにも拘わらず、それからできた小麦粉やうどんを「さぬきの夢2000」と呼ぶのはちょっとマズいということです。

そこで色々と検討し知恵を絞った結果、品種登録名は前回同様出願年にちなんで、「さぬきの夢2009」にしましょうということになりました。また製品については、これまで馴染みのある「さぬきの夢2000」のイメージを残しつつ、しかもこれからずっと慣れ親しんでもらえるような名前ということで、「さぬきの夢」に落ち着きました。つまり「香育21号」の正式な品種登録名は「さぬきの夢2009」ではあるけれど、これからは小麦粉やうどんなどの製品については「さぬきの夢」というネーミングでいこうということになりました。

ちょっとややこしいですけど、今回の件ですっきり整理されたこともあります。それはこれから将来、いつの日か「さぬきの夢2009」を凌ぐ新しい品種、「香育○○号」がいつか登場するでしょう。そのときはその小麦の品種登録名は、それを出願する西暦年に併せて、「さぬきの夢XXXX」にしましょうということが決まりました。しかしその場合も小麦粉やうどんはには、同じ「さぬきの夢」を使用しましょうということも決定されました。色々ごちゃごちゃ申しましたが、後継品種の品種登録名は「さぬきの夢2009」、そしてそれからできる小麦粉やうどんは「さぬきの夢」であるということです。

 

 

新ブランド「さぬきの夢」

以上の説明で「さぬきの夢2000」、「さぬきの夢2009」、そして「さぬきの夢」の関係はおわかりいただけたかと思います。「さぬきの夢」とは今後、香川県で開発される小麦全般を指すもので、正確に言うと、「『さぬきの夢』とは、香川県で開発されたオリジナル小麦の総称」ということになります。言葉で説明すると少し解りづらいかもしれませんが、次のような表にするとすっきりすると思います。
よってこれからも、素晴らしい品種が開発されるはずですが、それらは全て「さぬきの夢」というブランドで統一されることになります。

系統名 登録出願年 小麦品種 開発(責任)者 総称
香育7号 2000年 さぬきの夢2000 多田 伸司氏 さぬきの夢
香育21号 2009年 さぬきの夢2009 藤田 究氏 さぬきの夢
香育〇〇号 ××××年 さぬきの夢20×× さぬきの夢

 

現在香川県では、「さぬきの夢こだわり店」(以前は、さぬきの夢2000こだわり店)という認定店があります。これは年間を通じて、「さぬきの夢」を100%使用したうどんを提供するうどん店のうち、「めん」、「だし」、「サービス」の3つの厳しい審査基準を満たしているとして、「かがわ農産物流通消費推進協議会」が認定しているうどん店のことで、2013年5月1日現在11店舗あります。つまりここに来ればいつでも、「さぬきの夢」を使用したうどんを堪能していただけるということです。みなさんも香川にこられたときは是非、こだわり店にお立ち寄りください。

また「さぬきの夢こだわり店」以外に「さぬきの夢協力店」というお店もあります。これは香川県外のうどん専門店のうち、「さぬきうどん」へのこだわりから、その原料として香川県産小麦「さぬきの夢」の小麦粉を常時50%以上使用したうどんを提供しており、「さぬきの夢」や「さぬきうどん」に関する情報発信にご協力いただく店舗として、「かがわ農産物流通消費推進協議会」が認定するうどん店です。

個人的な希望としては、50%といわず「こだわり店」と同じく常時100%を使用して、「さぬきの夢」をどんどん広めていただきたいと思います。そして都会のうどん専門店で、釜出しのうどんに舌鼓を打ち、「いつか本場のさぬきうどんを食べてみたい」と遠くさぬきの地に思いを馳せてもらえれば、これほど嬉しいことはありません。「さぬきの夢」は正にその名前のとおり、さぬきうどんの夢を託した小麦品種です。今後うどん県、生産者、JA香川県、実需者、加工業者、流通が一体となり、さぬきうどんの益々の振興を図って参りますので、新ブランド「さぬきの夢」をこれからもどうかよろしくお願いいたします。