#053 植木算
現在の小麦製粉が複雑怪奇であることは、新着情報 vol.51 でほんの少し説明しました。一粒の小麦は、30~50種類の小麦粉(最終製品)に取り分けられ、それぞれは「上がり粉」と呼ばれています。双六ではありませんが、そこが終着駅となるので、そんな名前がついています。で、簡単に言うと、そのすべての上がり粉を、色の白い順に並べ、それを適当にグループ分けすることによって、 1 等粉、2等粉、3等粉となり、最後のグループは表皮が主体となるので、「ふすま」といって家畜の餌になります。
このときストックを粒度別に分類する基本的な道具は「篩(ふるい)」ですが、実際にはシフター (sifter) という機械が担当します。シフターとは、大きな箱の中に、何十枚という網を、目の粗い順に上から並べ、落ちてきたストックを粒度別に4~6種類に分離する機械です。ただ、この網も形あるものですから、毎日使用しているといつかは破れてしまいます。そしてこの篩が破けているかどうかのチェックは次のようにします。
例えば、今「上がり粉」の上位15種類が集められて 1 等粉になるとします。すると、それらは最終関門として、「再篩(さいふるい)」と呼ばれる篩にかけられます。この篩の目の大きさは、通常の1等粉であれば、ラクラク通過できるくらい大きな目なので、普通は全て問題なく通過します。しかし、上がり粉となる途中の段階で、どこかの網が破れていると、本当は「ふすま」になるような大きな破片が間違って、1等粉グループに入ってきて、この「再篩」でひっかかります。
少し専門的になりますが、篩を通過して下に落ちたものは、「通り抜けた」という意味で「スルー」 (through) と言い、また通過しなかったものは、「あふれて」とか「こぼれて」といった意味で「オーバー」 (over) と言います。で、ふすま片のようなデカイものは、この再篩でオーバーとなり、これが多いと、 1 等粉にくる「上がり粉」のどこかの篩が破れているとわかるのです。
話は戻って、一般に小麦粉の粒度(粒の大きさ)は150μ(ミクロン、1mm=1000μ)以下なので、再篩の網の目の大きさは、当然これより大きくしておきます。普通は「8XX」という種類の網が使用され、これは目、つまり隙間の大きさが180μなので、通常の小麦粉であれば、ここを楽ちんで通過するのです。
しかし、 1 等粉の再篩にオーバーがでていると、それは15種類の上がり粉のうち、どこかが(もしくは他にも)、不良品ということになります。それぞれの上がり粉を目視検査しても、どれも同じに見え、なかなか判別できるものではありません。年季が入り名人伝の域に達すると、当たりを付けることも可能ですが、それでも一度にすぱっといくことは稀です。そんな場合でも、15種類の上がり粉を別々に、全て「8XX」の網で篩ってやれば、どこかにオーバーで出ているはずで、それでどこの網が破けているかを突き止めることができるんです。
以下附録。ここで網の説明を少しだけしておきます。網の種類は通常、メッシュ(番手、ばんて)と目開き(めびらき=目の大きさ)でもって表します。メッシュは1インチ(2.54cm)の中に走っている糸の数、目開きとは目の大きさを表します。上記の8XXという網は、メッシュが80で、目の大きさが180μのものを表しますが、これは1インチの中に80本、糸が走っていて、しかも糸と糸との隙間が180μのものを言います。言い換えると、1辺が180μの正方形より小さい粒が、この篩を通過できるということです。
少し考えればわかりますが、メッシュだけで目開きを特定することはできません。というのは、同じメッシュであっても、その糸が太ければ、目開きは小さくなるし、逆に糸が細ければ、目開きが大きくなるからです。再度、上記の8XXの網で説明すると、メッシュが80ということは:
(糸の太さ) + 目開き = 2.54cm÷80 = 25400μ÷80 = 318μ
であることがわかります。この場合目開きが180μなので、「糸の太さ=138μ」となります。
さて、ここまで引っぱってきて、いよいよ「植木算(うえきざん)」の話になります。植木算とは、「今、長さ4mの通路に、1mおきに桜の木を植えると、何本必要ですか?」という類の話です。この場合、普通は両端にも植えるので、桜の木は(間隔の数+1)=5本が必要です。ところが、周囲が4mの池の周りに植える場合は、4本しか必要ありません。このような問題は小学校の算数の授業によくでてきます。
で、近所にある金網屋のおっちゃんのところに、篩の網の張替えを頼みにいったとき、おっちゃんが「このメッシュの数え方はなあ、植木算なんや」と言うんです。つまり、80メッシュというのは、2.54cmの中に、両端を含んで80本の糸が張ってあるので、隙間の数は正確に言うと、79個しかないのです。でも、メッシュの数が3とか4みたいに小さい数だと、この1つのずれが大きく効いてきますが、80とか100になってくると、気にすることはありません。実際、「そんなん、どっちでもえんやけどな」とおっちゃんも言っていました。