#500 TPP協定大筋合意の影響
ご存知のようにTPP(環太平洋パートナーシップ)協定は、参加する12ヶ国が5年半に及ぶ難交渉を重ねた結果、2015年10月5日、アトランタにて大筋合意に達したことが発表されました。これで環太平洋地域に人口8億人、世界経済GDPの約40%を占める、最大の自由貿易圏が誕生することになります。TPP は各国がそれぞれ得意分野・不得意分野がある中で、できる限り譲歩を行い、自由貿易を推進しましょうということです。よって各国とも分野により凸凹はありますが、全体として有益であると判断した結果です。
日本は得意分野である自動車や工業製品などではその恩恵を享受できる反面、農産物分野ではかなり苦戦が予想されています。日本は狭小な農地が多いため、農業分野の経営効率では他国に劣りますが、関係各位のご尽力により、影響ができるだけ軽微になるようできる限りの努力がなされました。弊社の関係が深い小麦は、いわゆる重要5品目(米、麦、乳製品、牛肉・豚肉、サトウキビ)の一つとして国家貿易が維持されることが決定されましたが、それでも今後私たちの製粉業界に及ぼす影響は小さくないと予想されています。
小麦分野で合意された内容は色々ありますが、一番大きな変化は、「TPP発効後9年かけ、マークアップ(以下MU)、つまり小麦にかかる関税が段階的に45%下がる」ことでしょう。現在輸入小麦には、約17円/kgのMUが課税されています。1kg当り17円というと「そんなに大した額じゃない」と感じるかもしれませんが、実は私たち業界にとっては大問題なのです。2011~2014年の3年間を平均すると、日本には年間543万トン(米国310万トン、カナダ135万トン、豪州98万トン)の小麦が輸入されています(どういうわけかこれら3ヶ国は全てTPP参加国)。つまり単純に掛け算をすると、小麦にかかる関税は543万トン×17円/kg=923億円になります。
そしてこの923億円の使途はというと、全て国産小麦の補助金に充当されています。現在国産小麦の生産高は、年間90万トン程度、そして補助金は約100円/kg程度、よって補助金の合計は900億円程度となり、大体MUの合計と一致します。つまり輸入小麦の関税で国産小麦の補助金を賄っているわけです(これをコストプール方式と呼んでいます)。1kg当りMUの17円に対し補助金は100円となり、補助金が如何に大きいかおわかりいただけると思います。しかし耕作者はこれで充分に満足しているわけではなく、この事実からも日本の小麦耕作環境がTPP諸国と比較して、如何に不利であるかがわかります。
MUが45%下がると、MUは17円/kg→9円と約8円安くなります。詳細は割愛しますが、これは単純計算でうどん玉1個当り約1円下がることになり、消費者にとっては朗報です。一方、小麦は543万トン輸入しているので、MU全体の減収は約400億円となり、それだけ国産小麦の補助金原資が少なくなります。しかも輸入小麦が安くなる分、国産小麦もそれに応じて下落することが予想されます。つまり単純に小麦価格が下落した分だけ、国産小麦価格も下落するとしたら、補助金は余計に80億円必要となり、MU減少分400億円と併せて480億円の財源が新たに必要となります。
そして最後にこれが私たち中小製粉にとっての最重要問題ですが、輸入小麦の価格が下がるのと同時に、小麦粉製品の関税も下がるため、その輸入が増えることが想定されます。つまり従来の国内だけの競争だけではなく、輸入品との新たな競争も始まります。体力に乏しい中小製粉にとっては、厳しい環境が予想されますが、これも時代の流れかもしれません。私たちは従来通り、中小製粉としての「個性」をユーザに訴求する地道な方法しかありません。