#016 さぬうどん存亡の機(さぬきうどん不正表示問題について)・・・Part5

さぬきうどん存亡の機
このように意外な方向に発展した不正表示事件ですが、結局一言でいうと「箱と中身が違っていた」という問題で、別にBSEとか鳥インフルエンザのように有害な恐れがあるという類のものではありません。その小麦がオーストラリアか香川かの違いです。少し話がそれますが、一般には外国産よりも国産の方が安全・安心と思われているようです。どこで獲れたかわからないものよりも、目に見えるところの方が、なんとなく安心できるのは自然な発想です。また輸入農産物はポスト・ハーベスト(残留農薬)の問題が心配されるのも事実です。

しかし、一方でいまや日本の田畑を見ていると、生活排水と農業用水がごっちゃになっているところもあって、「これではマズイでないか」と思うようなところもあります。今でこそ浄化槽の設置が義務付けられていますが、設置義務化以前に建てられた家からは、いまだに洗濯機からでた水がそのまま田畑に「ごぼごぼと泡と立てながら入り込んでいる」ところがあるのも事実です。反対にオーストラリアでは広大な畑に、燦燦と太陽が降り注ぎ、長雨にたたられることもなく、小麦はすくすく育つので、こちらの方が良質の小麦ができるような気もします。でも、くどいようですが「品質の善し悪しの問題」ではなく、問題はただひとつ「表示が間違っていた」ただそれだけのことなのです(これが大問題なんですけど)。

話は変わりますが、先日ある温泉で水道水に入浴剤を入れて使用していた事件が大きなニュースになりました。この場合、たとえ本物の温泉のお湯よりも、入浴剤の方が気持ちよくて、身体に効果があったとしても、消費者は納得しないでしょう。箱と中身が違うからです。つまり単なる優劣の問題ではないのです。今回のうどんの不正表示問題も、内容的にはこれによく似ていると思います。消費者が怒るのは、中身云々だけではなく、不正表示することによって消費者の選択する重大な権利を侵害しているからです。消費者は表示された情報を基に、善し悪し、美味いか不味いか等を自分で判断したいのです。

それに、これはおまけですけどオーストラリアと聞くとどうしても、安く輸入した牛肉を、国産牛と偽り高く販売し、利ざやを稼ぐというイメージがあるので、今回の不正表示問題も同列に考える方もいるかもしれません。しかし、県産小麦100%と豪州産小麦混合との原価は、問題になったうどん1袋あたり、僅か1、2円の違いなので、「利ざやを稼ぐための悪質な虚偽表示とは性格が異なる」という判断は正しいと思います。真の理由はうどんが切れるので、作業性を向上させるために、豪州産を混合したのです(混入という言葉はいかにもイメージが悪い)。そして今回の事件で香川県警までもが強制捜査に踏み切った理由は、「仮に悪意がなくても、食の安全、県の特産品である讃岐うどんの不正表示という重大性を考慮すると、関係者の責任追及は免れない」(2004年11月20日、朝日新聞)というあたりが、一番説得力のある理由であると感じます。

「さぬきの夢2000」は県費を使って、香川の農業試験場で開発され、それをJA香川県の組合員の方々が育てたものです。しかも、「大地」シリーズには香川県が地産地消を推進するために、香川の農産物を100%使用したものだけに許可される「Kブランド」いわば香川県のお墨付きである「Kマーク」が袋に大きく印刷され、それをJA香川県が販売していたのです。つまり入り口から出口まで香川県とJA香川県がどっぷりかかわっている商品なので、問題は余計に深刻です。そして香川県、JA香川県だけでなく製粉会社、製麺会社、そしてうどん店もこれからはその信頼回復に大変です。

でも、いくら考えても納得いかないことがあります。確かにY社は不正表示をしたので、全面的に悪いのは事実です。これは動かしようのない事実です。でも、なんでこの問題がこんなに唐突に思えるほど突然に表面化したのか、それがどうしても理解できません。香川県、JA香川県が関与していながらどうして、これを未然に防ぐことができなかったのか残念でなりません。途中、イエローカードを出すタイミングは何度かあった筈なのです。でも、今回の事件は、事件の表面しか見えない私にはどうしても突如、レッドカードが切られたとしか思えません。規則は規則、でもあまりに惨いと思わざるを得ません。

香川県、JA香川県は確かに信頼回復には時間がかかるでしょう。ある程度時間はかかるでしょうが、それはできると思います。でも、Y社の場合はどうか。ある民間の一中小企業が被るであろう試練は、なかなか想像できるものではありません。香川県には現在地場の製粉会社が4社あり、たまたまY社はその中の1社でした。今回はたまたま不運にもY社があたっただけかも知れないし、また当社がたまたまそうならなかっただけかも知れません。それを思うと、泣きたいほど悲しくなります。「Y社は不正表示をしたので絶対に悪い」これは事実です。また今回の事件で業界全体にも風評被害がかなりでています。でも、わかっていても個人的にはY社に対しては気の毒でなりません。

戦後、香川県の食品産業を永きにわたり支えてきた老舗の製粉会社が、このような社会的制裁を受けるのを見るのは忍びなく、本当に辛いものがあります。戦後の復興時、こんな時代がくると誰が予想したでしょう。食糧難を経験された世代の中には、いまひとつ今回の問題に対して釈然としない思いを抱いている人がいるかもしれません。また現在アフリカで飢餓に苦しんでいる人々に、この不正表示事件をどんなに丁寧に説明しても理解してもらえないかもしれません。昔の常識は、今の非常識、そして昔の非常識は今の常識でもあります。でも現在の日本においてはこれが正しいのです。それを遵守できなかったJA香川県、そしてY社に責任があるのです。

私には今回の問題を、他山の石ころと見る余裕はありません。到底そんな気分にはなれません。どこでボタンを掛け違ったのか、返す返す残念でなりません。これまで私たちは、香川県による、さぬきの小麦を使ったさぬきうどんを目指してみんなでここまでやってきました。それを提供してくれたのが「さぬきの夢2000」です。みなさん、「さぬきの夢2000」を使って少しでもおいしい、昔懐かしいうどんをつくろうと努力してきた筈です。

でも、今回の問題を契機に、萎縮し始めたようにも感じます。「さぬきの夢2000」小麦粉を使っているかどうかの議論ばかりが先行し、みなさん自分のところは「不正表示がないのか」そればかりに気をとられ、本来、追求すべきうどんの味云々が放置されているように思えます。「本物のさぬきうどん」を目指して開発された「さぬきの夢2000」を巡る一連のお祭り騒ぎの後に何が残ったのかと聞かれて、「Y社だけが辛い思いをした」では、あまりに悲しい。今後、失われたさぬきうどんの信頼をいかに回復するのか、いま正に「さぬきうどん存亡の機」かもしれません。