#045 半夏のうどん

半夏(はんげ)とは夏至から数えて11日目のことを指し、今年は7月2日でした。忙しかった麦刈りや田植えを終え、やっと一息ついて、骨休めできるときです。逆に、この時期までに田植えが終わっていないと、半夏半作といって、秋の実りが心配されるので、何が何でもこの日までには終わらないといけない、〆日でもあります。

今では、何もかもが機械化され、田植えも座っていれば機械がアッという間にやってくれますが、昔は全て人海戦術でした。定規をあてながら、一つひとつ植えていたので、半夏が近づくと結構あせりながら、大変なご苦労であったと思います。だから全てが終わり、ほっとした半夏のひと時はなんとも言えないものがあったと思います。

ところで、半夏といえば関西では、蛸を食べる習慣があるようですが、さぬきでは当然の如くうどんを食べます。また、うどんと並んで「禿だんご」も有名ですが、いずれも原料は小麦です。余談ですが、禿だんごの由来としては、次の二つが有力です。

?? だんごに小豆あんをまぶしても、だんごの表面がつるつるしているので、小豆がまだらになり、それが禿げてるように見える。

?? 半夏(はんげ)が訛って、禿になった。

話は戻って、この半夏のうどんは、以前からさぬきの習慣であるのは間違いないところですが、よく耳にするようになったのはここ最近のことです。これもうどんブームとか量販店の販促が後押し、というか牽引しているような気がしてなりません。職業柄、もちろん異議はありません。つい先日もあるうどん屋さんが、半夏のうどんのお接待と称して、うどんの無料サービスの案内がありました。タイムリーな良い企画だと思いましたが、ひとつだけ気になる点がありました。それは「収穫したばかりの新麦を挽いてうどんにします」という行です。

すっかり前段が長くなってしまいましたが、さてここからが本題になります。蕎麦は新そばが風味、味において優れているのは、多分間違いない事実だと思います。ここさぬきでさえ、昔は 12 月になると「新そば、まだか?」という問い合わせがよくありました。つまり、蕎麦は新しければ新しいほど良く、とれたてを挽いてその風味を楽しんでいたのです。こう考えると、小麦にしたって麦秋の6月にとれたのを直ちに製粉した方が、断然おいしそうな気がします。

でもね、小麦と蕎麦には大きな違いがあります。理由はこうです。小麦の粒は収穫前のまだ十分に熟していないとき、胚乳部分はまだ半透明のガラス状になっています。そして、これが熟するにつれだんだんと乳白色に変化します。しかし、収穫時に完全に乳白色になっているのではなく、胚乳の一部分は、まだガラス状のままで残っています。これをそのまま挽くとどうなるか?その部分は粉になるというよりも、砕け散ってしまいます。すると、でんぷん質やたんぱく質組織は破壊され、二次加工適性が低下します。

よって一般には、とれたばかりの新麦は、いったんサイロに保管してやり、そこで数ヶ月熟成させてやります。その眠っている間に、小麦の水分はある程度蒸発し、それと共に胚乳部分は完全な乳白色になり、製粉適性そして加工適性が向上します。ですから、製粉する立場から言えば、初夏に収穫された小麦はサイロで保管しておき、朝晩冷えこむ秋祭りの頃になって初めて製粉するのが一般的であり、望ましいのです。それも、一度に切り替えるのではなく、旧麦と新麦をブレンドしながら、だんだんと新麦の比率を大きくしながら最終的に新麦に切り替える方法が、もっとも小麦粉の品質の不同を避ける方法、言い換えると品質を変えない方法だったわけです。このように小麦の切り替えには細心の注意を払っていたのです。

このように考えると同じ小麦を製粉しても、新麦を直ちに製粉して、その後 3 ヶ月保管したものと、新麦を麦の状態で 3 ヶ月熟成させた後、製粉したものでは、まるっきり異なる小麦粉であることがわかりますどちらが良いかは言うまでもないと思います。小麦は粒の状態では生きています。しかし、製粉された瞬間から劣化が始まります。小麦粉での熟成という考え方も重要ですが、誤解を恐れずに言えば、小麦とは対照的に、小麦粉は新しいほど良いと考えます。

実際、昔は新麦をそのまま挽いて、そうめん、うどんを作ったところ、吊るした途端「ぼとぼと」と切れたことがありました。これはきっと小麦の熟成が不完全であったためにグルテン形成がうまくいかず、粘弾性が不足したためであろう考えています。「とれたての小麦を挽いてうどんをつくりました」という表現は購買者の心理を絶妙にくすぐります。また「半夏には新しくとれた麦を挽いてうどんを食べた」という表現は他でも見かけたので、実際には結構あったのかも知れません。

しかしです。繰り返しますが、純粋に考えると小麦はしばらく寝かして製粉した方がいいのです。さぬきの内麦「さぬきの夢2000」については、「味、食感は素晴らしい。ただグルテンが少ないので作業が少し難しい」というのが一般的な評価です。こういう小麦に対しては、なお更、熟成が必要で、「いきなり挽いて大丈夫かなあ」とついつい心配してしまいます。「でも」というか「だからこそ」、そこがうどん屋の「腕の見せどころ」かも知れません。