#061 小麦粉の熟成

「熟成」とは一言で言うと、「時間の経過により、私たちにとって好ましい状態に変化すること」をいいます。例えば、パンを焼くとき、挽きたての小麦粉よりは、一定期間保管した小麦粉の方が、よく膨らむと言われています。一般にはふっくらとしたパンの方が好まれるので、この場合は一定期間保管することを熟成させるといいます。しかし、余り長く置きすぎると、今度は逆に膨らまなくなるし、また風味もなくなるので、こうなるともはや熟成とはいいません。

この「熟成期間」はどのくらいがベストといった問題は、これほど色々研究されてきましたが、それほど簡単ではなく、小麦粉の保管状態、温度、湿度などの条件によっても当然違ってきます。そのせいかパン用小麦粉の熟成期間についても、短いもので1日、極端なものでは 60 日との報告もあり、かなりばらばらですが、平均的なところでは一週間程度といわれています。

また興味深い点は、たとえ同じ小麦粉であっても、「熟成期間は、目的や用途に応じて異なるのではないか」という点です。細かいことを言い出すと、ややこしくなるので、次のように単純に考えてみます。

(a) よいパン用粉とは     ⇒ 焼いたときによく膨らむ粉である。

(b) よいうどん粉とは     ⇒ うどんにしたとき、風味があって、粘りのある粉である。

(c) よい手延そうめんの粉とは ⇒ 作業のし易い小麦粉である。

手延そうめんの作り方といっても、普通は誰も知らないので、簡単に説明すると次のようなものです。最初一本の太い生地を少し延ばしては、熟成させ、また少し延ばしては、再度熟成させるといった作業を繰り返し、最終的には元の生地の 1 万倍の長さ、つまり、 1/10000 の太さ(細さ?)の手延べそうめんにします。このとき、熟成させる理由は、一度に生地を引っぱり続けると、千切れるので、少し延ばしたら熟成させ、生地をまた引っぱれる状態になるまで休憩させるのです。

このとき、生地を引っぱるときに、小麦粉によって、「スイスイ」と伸びるものもあれば、「ぐぃっ」と引っぱると千切れてしまうので、「だましだまし」少しずつ延ばさないといけないものもあります。「スイスイ」延びる方が、そうめんが早くできるし、また仕上がりもきれいなので、こちらが優れているのは、言うまでもありません。このように良く伸びる小麦粉を、「伸展性」が大きいといいます。言い換えると、手延そうめんの場合は、この伸展性が大きい小麦粉が良いということになります。また「伸展性」が大きいということは、生地に「粘り」もあるということなので、うどんのとっても良いと考えられています。

では、生地を延ばしたときの「伸展性」やパンを焼いたときの「膨らみ加減」は、小麦粉の熟成とどんな関係があるのか、興味があるでしょう。そしてこの二つについては次のような報告があります。

(1) 「伸展性」
伸展性は、製粉直後が最も大きく、これは時間と共に小さくなる。これは時間とともに、増加する不飽和脂肪酸の量が影響していると考えられています。つまり、不飽和脂肪酸が増えるにつれ、伸展性は劣化します。

(2) 「膨らみ加減」
一方、パンの「膨らみ加減」については興味深い結果が報告されていて、それは不飽和脂肪酸が一定量含まれるとき、パンが一番よく膨れるという事実です。つまり多すぎても、少なすぎてもだめなのです。だから製粉後、何日か経過したときが、パンが一番よく膨れるときで、これがパン用小麦粉の熟成期間と考えてよいかも知れません。でも、これ以後は不飽和脂肪酸が増え続けるので、だんだんと膨らみが小さくなります。

このようにみると、パンにボリューム感を出したい場合と、よく延びるそうめんや粘りのあるうどんを作りたい場合とでは、熟成という考え方に違いがあることがわかります。つまり、「膨らみ具合」を重要視するなら、製粉後、数日経過したものがよい。また「伸展性」を優先させるなら、製粉直後のできるだけ新鮮なものが望ましいくどいようですが何れにしても、それ以後は、だんだんと劣化することになります。

香川県の小豆島は、手延そうめんの有名な産地の一つです。そして小豆島の手延素麺製造者は、以前から注文のときになぜか、「挽きだちの粉を持って来てな」と言う人が多いので、この事実はずう~っと、不思議に思っていました。でも、この「伸展性」に着目すればなるほど、と納得がいきます。挽きたての小麦粉は、最も「伸展性」がよく、それゆえ素麺もよく延びるということを、製造される方は、経験則として知っていたことになります。

以前、「半夏のうどん」のところで、小麦は「収穫したてのもの」よりも、「数ヶ月熟成させたもの」の方がいいんじゃないかと、説明しました。つまり、うどん粉のベストの組合せは、小麦の状態で一定期間保管しておき、製粉後はできるだけ早く使用しなさいということになります。「とれたての小麦をすぐに製粉して、 6 ヶ月保管したもの」と「とれたての小麦を 6 ヶ月保管した後、製粉したもの」では、同じ時間が経過したものでも、まるっきり正反対の出来ばえになるということです。