#062 エキステンソグラフ(Extensograph)
「物質の変形と流動に関する科学」のことをレオロジー ( rheology) といいます。難しそうですけど、うどんの世界で言うと、うどん生地を引っぱったり延ばしたりして、性質を調べるのが、うどんのレオロジーです。もちろん、ゆでたうどんのレオロジーも重要ですが、多くはうどん生地の状態を調べます。理由はよく知りませんが、生地での状態の方が調べやすいし、また生地の特徴はゆでた後も、そのまま引き継がれることが多いからです(たぶん!)。
うどんのレオロジーを調べるための計測機器は色々開発されていますが、ここではエキステンソグラフを紹介します。これは生地の「抗張力」と「伸長度」を測る機械で、ドイツのブラベンダー (Brabender) 社が開発しました。まず、小麦粉を塩水で混ぜ、捏ねてうどん生地をつくります。そしてこの生地を引っぱっるときに要する力を「抗張力」、また生地が延びて千切れるまでの長さを「伸長度」といいます。
硬い生地はなかなか引っぱれないので、「抗張力」は大きく、粘りのある生地は、「びろ~ん」と延びるので「伸長度」は大きくなります。この「伸長度」は生地の延び具合を表すので、「伸展性」といった方がしっくりくるかも知れません。またうどんについて言えば 、抗張力はコシの強さ、そして伸長度は足の長さを表す指標であるともいえます。
エキステンソグラフで測るときは、小さな生地をフックに引っ掛けて、これをひっぱりながらグラフを描きます。このとき縦軸が抗張力、横軸が伸長度になります。見方を簡単に説明しましょう。次の図は、強力粉、中力粉、薄力粉を同じ条件で練り上げ、測ったものです。強力粉はたんぱく質が多いので、抗張力が大きくなります(この説明はいずれまたどこかで・・・と思います)。つまり、引っぱるのに大きな力が必要なので、グラフが高くなります。反対に、薄力粉はすぐに延びてしまうので、山が低くなり、中力粉はその中間になります。 そしてこのグラフの面積は簡単にいうと、この生地がちぎれてしまうまでに、要したエネルギーということになります。
このエキステンソグラフ、再現性に乏しいとか、測定誤差が大きいとか色々厳しいことを言われますが、生地の特徴を簡潔明瞭に、また視覚的かつ直感的に説明してくれるので、個人的には「それなりの意義はあるんじゃないか」と思っています。
次に実際のうどんを作るときの生地について考えてみましょう。さぬきでは普通、夏場では小麦粉1kgに対し、13%濃度の塩水を500g程度使用します(ちょっと多目か?)。これは食塩65g + 水435gを意味し、このことを50%加水と言います。昔は、体積を使用していたこともありますが、現在は、大抵重量%で表示します。どっちでも大したことないようですが、 13 %濃度の塩水の 20 ℃での密度は1.0929なので500ccだと546gにもなり、これだと生地が軟らかくなりすぎます。
話がそれましたが、50%加水でのうどん生地の気温による違いを表したのが次の 図 (A),(B),(C)です。13%濃度は夏場を基準にしているので、気温35℃においては図 (A) の高さが丁度、だれにくく、また延ばしやすい抗張力になります。ところが同じ塩水を使用しても図 (B) (気温24℃は春、秋に相当します)では山が高くなって、生地が延ばしにくくなることがわかります。そして、図 (C) (冬場の気温)になると、更に抗張力が大きくなり、表示し切れなくなっています。この状態では、うどんを延ばそうとしても、なかなか延びません。
昔から水加減は、「土三寒六常五杯(どさんかんろくじょうごはい)」といって、夏場の塩水濃度は濃く、逆に冬場は薄くしますが、それはこのエキステンソグラフからもわかります。この意味するところは夏場は茶碗一杯の塩を三杯の水で薄め、冬場は六杯の水で薄め、それ以外は五杯の水で薄めなさいということです。
実際今の塩でこの通りにすると大変なことになりますが、昔は塩に含まれる水分が70%程度と異常に高かったので、これでうまくいっていたのではないかと思います。余談ですが、以前どこかのテレビのインタビューで、「土三とは三杯の塩を一杯の水で薄める」ことだと言ってるのを聞いて、びっくり仰天しました。
話がまたそれてしまいましたが、このように見ると、グルテンとか灰分などの小麦粉の特性値は一次元的な指標であるのに対し、エキステンソグラフは麺にした場合の特徴をより詳しく提供してくれることがわかります。またここでは、紹介しませんが、季節に応じて塩水濃度を変えることにより、作業性を同じようになることも、このエキステンソグラフによって確認することができます。