#084 小麦から小麦粉に至る水分の推移

前回、挽きたて直後の小麦粉の水分は14.0~14.5%で、平衡水分は12.0%程度であるといいました。では、元の小麦はどうかといえば、9~13%程度の水分を含んでいます。輸入される小麦、所謂外麦はよく乾いていて10%前後、逆に内麦(国内産小麦)は12~13%と水分を多く含んでいます。内麦の品質基準では、「水分は12.5%までよっ!」となっていますが、中には13%程度のものも時々混じっています。高温多湿の気候のせいか、日本で育つ小麦は、水分が多く、収穫後乾燥する必要があり、これも内麦の生産コストが高くなっている一因になっています。

それはともかく、小麦の水分は10%しかないのに、小麦粉になるとなぜ14%に増えるのか不思議に思う方もいるかも知れないので、その理由を少し説明します。実はほこりなどが取り除かれ、きれい磨かれた小麦は、製粉前に加水され、一晩寝かされます。つまり水増しすることによって、小麦粉の水分の方が高くなるのですこの加水をして一晩寝かす作業を「調質(ちょうしつ)」といい、製粉工程の中では重要な工程のひとつです。次に調質がなぜ必要か説明します。

米と比較してみます。精米する前の米は、玄米とよばれ、米ぬか層で覆われています。この米ぬかは軟らかいのに対し、胚乳部は硬いので、精米機でどんどん表面を削り取っていくことで、玄米は簡単に白米に変ります。ところが、小麦は米と同じようにはなりません。これは二つの理由があります。まず、小麦をよく見ると、上下に深い溝が走っているのがわかります。この溝のことを、粒溝またはクリース(crease)といいます。小麦の断面を見ると、このクリースは、小麦の中心まで入り込んでいるのがわかります。つまり、いくら外を削ってもこのクリースについてる皮の部分は、うまく分離できないのです。それともうひとつ、米と違って小麦の胚乳は脆く、また表皮は硬く胚乳にこびりついているので、仮に表面だけをうまく削り取れたとしても、中の胚乳が砕けてうまく処理できません。

そこで小麦製粉では、小麦を粗砕きし、表皮をできるだけ壊さない状態で、中の胚乳だけをとりだします。このときに調質の効果が現れます。少し大げさに書きますが、今、何もしていない小麦を金槌で叩くと、乾燥しているので、表皮と胚乳がくっついたまま、砕け散ります。これでは、表皮の破片が小麦粉に混入するのでよくありません。ところが、小麦に少し水を加えて、寝かしてやると、その水が小麦全体にゆっくりと浸透します。その結果、小麦の表皮は更に強靭になり、また胚乳は脆くなります。この状態で、金槌で叩くと、小麦は「ぐにゃっ」となり、表皮が飛び散りません。そしてこれを篩にかけると、表皮が混じることなく、胚乳の粒だけを取り分けることができるのです。

話は戻りますが、調質の程度、つまりどの位の加水をするかは、小麦の種類、また季節によって異なります。製粉する前の状態で、硬質小麦では、15.5~16.0%程度、また軟質小麦では、14.5~15.0%程度にまで水分をあげてやります。硬い小麦では、軟らかくするために多く加水する必要があり、その分寝かし時間も多くなります。また夏場は冬場より加水を少なくしてやります。理由は、夏場は高温多湿であるため、水分が多いと、小麦粉が篩の目をなかなか通過できないからです。言い換えると、冬場は乾燥しているので、多少小麦粉が湿っていても、篩を通過することができます。

製粉前の小麦の水分は、できあがりの小麦粉のそれより多いのにはもちろん理由があります。製粉工程中では、小麦粉は大きな工場の中を、上がったり下がったりしますが、この移動はすべて空気の流れに乗っておこなわれます。ある試算によると小麦1kgを製粉するのに、10kgの重さの空気が使用されるといいます。10kgと聞いてもピンときませんが、これは8立方メートル以上の空気に相当し、小麦粉はこれだけ多くの空気にさらされるので乾燥するのも当然です。工場の規模にもよりますが、小麦が小麦粉になるまでに1.5~2.0%の水分が蒸発するので、最初は16%あった水分も最後には14%余りになるのです。かなり大まかではありますが、小麦および小麦粉の水分は、次のようなカンジで推移します。

①小麦の水分10%

②調質後の小麦の水分15~16%

③製粉後の小麦粉の水分14.0~14.5%

④十分に時間が経過した、つまり古くなった小麦粉の水分(平衡水分)12%