#157 収穫後の小麦の熟成
製粉後の小麦粉の熟成については、これまで何度か取り上げてきました。っで、一般には、「製粉後はある一定時間(期間については諸説紛々)寝かした方が、品質が安定する」というのが定説です。しかし現在ではその必要性は曖昧で、少なくともうどん用に限っていえば、ほとんど関係ない、というかむしろ新しければ新しいほど良いというのが私たちの立場です(新着情報#120、#123、#124、#125)。
一方、収穫した小麦そのものについては、「半夏のうどん」(新着情報#045)のところで紹介したように、「収穫直後よりも、一定期間寝かした方が二次加工適性の優れた小麦粉ができる」ことを、私たちは経験則として知っています。蕎麦は新蕎麦、米も新米といわれるように、穀物は何でも獲れたての方が良いイメージがありますが、小麦は例外的に、熟成が必要です。「穀物とその製品の貯蔵方法(D.B.Sauer編)」には、そこのところを詳しく取り上げてあったので、以下独断で抜粋してみました。
収穫されたばかりの小麦の製粉適性は、製粉業者にとっての関心事だ。というのは、小麦の製粉適性とか小麦粉の性質というのは、小麦の保管中にも変化すると考えられるからだ。ポスナー(Posner & Deyoe, 1986)によると、小麦は収穫直後の数ヶ月間にかなりの水分を失い(小麦が汗をかく)、この間に製粉適性、および品質が向上する。また一定期間熟成させた小麦は収穫直後のものと比べて、小麦粉の歩留りが2-5%向上した例もある。収穫時の水分が多い地域では、収穫後の熟成が重要であり、また逆に水分が少なければそれだけ短縮できるとの報告もある。 ソーンダース(Saunders, 1909)は、同じ小麦でも、収穫後1年間保管した後製粉した小麦粉の方が、収穫直後のものよりも製パン適性が優れていると報告している。フィッツ(Fitz, 1910)によれば製パン適性は、特に初期の段階で大きく向上する。その後ソーンダース(1921)は5年以上かけ、ある種類の小麦については、4年間保存したものが最も製パン適性が良く、その後、徐々に劣化していくとの結果を得た。製パン適性は、永い時間の後にはだんだんと劣化するはずだが、保存状態さえよければ、劣化のスピードは抑えることができる。実際、ロバートソン(Robertson, 1939)は、保存状態さえよければ9年~22年間経過したものでも製粉後、充分満足できるパンが焼けることを確認した。 ローリッヒ(Rohrlich & Thomas, 1967)は収穫直後の小麦の加工特性は完全ではなく、収穫後の小麦での熟成は必ず必要だと主張する。ただし、加工適性の向上は、小麦の種類、小麦の含有水分量、そして保存方法にも影響される。 ピクストン(Pixton, 1975)は、保存条件として温度と酸素濃度に着目した。つまり①常温と低温(4.5℃)、②空気と低酸素(<2%)の組合せで、2種類の健全な小麦を16年間保存し、その後の発芽力を比較した。すると、酸素濃度にかかわらず、低温保存した小麦は96%の発芽力を示したのに対し、常温の方は39%ないし14%とかなりの差がついた。また不飽和脂肪酸も常温保存の方が2倍多く発生した。また常温では、低酸素状態で保存した方が、発芽力を4年間延長することができた。これらの事実から、発芽力に関しては、「酸素濃度を低くする」よりも「低温」で保存する方が、より効果的であることがわかる。 ラオ(Rao, 1978)は、7種類の小麦について物性および製パン適性を調査した。すると収穫直後の小麦には、低分子のグリアジンが多く含まれているが、それらは保存中、時間と共に大きな塊を形成し、この変化が、物性および製パン性の向上となって表れた。またジスルフィド比とパンの膨らみとの間には、高い相関があることに気づいた。つまり収穫直後の小麦は、ジスルフィド比は小さく、ガスの保持力も小さい(よってパンが充分に膨らまない)。ボーリング(Bolling, 1978)は、小麦は最適な条件さえ整えば(主として低温)、品質を損なうことなく2~3年は充分に保存することができると結論づけた。 |
関係あること、ないこと、だらだらと紹介しましたが、これらの事実を簡単にまとめると、次のようになるんじゃないかと。結局、結論としては、極めて常識的なものとなりました。
①小麦は他の穀物と異なり、収穫後は数ヶ月間熟成させた方が、加工適性の優れた小麦粉ができる。
② 小麦は低温で保存すれば、品質を劣化させることなく、長期間保管できる。