#202 小麦価格の矛盾
現在、日本における小麦需要は年間およそ600万トン。このうち国産小麦(内麦)は90万トンで、残りの500万トン余りが外国産小麦(外麦)となります。これまで小麦価格については既に何度か触れましたので、興味ある方は「#168小麦の価格」などをご参照ください。っで、詳細を一々説明すると話がややこしくなるばかりなので、誤解を承知で簡単に説明します。現在日本で販売されている小麦の価格は、諸事情が複雑に絡み合っていて、平均すると1kg当たり外麦60円、内麦50円です。
国産の方が安いのは意外に感じるかも知れませんが、製粉会社にとってみると別に不思議なことではありません。理由は、外麦の方が粒が大きく、色も白く、品質も安定しているので、同じ小麦からより多くの小麦粉がとれ、見た目もいいし、作業性も安定しているからです。つまり良質の小麦粉が沢山とれる小麦がそれだけ高く販売されるのは、ごく自然なことです。もちろん一部には「純国産小麦粉」の根強い需要があり、これについては一般の小麦粉よりも高価格で販売されているのも事実です。ただこういった需要はあくまでも限定的で、全体を平均すると、外麦60円、内麦50円というのはざっくりとではありますが、市場原理に合致しています。
ところで今秋からは、この価格が逆転して外麦50円、内麦60円になりそうな気配です。外麦は現在年二回価格改定が行われていて、その都度国際価格がある程度反映されています。小麦の国際価格は昨年史上最高値をつけましたが、その後下落し今年は安定した価格で推移しています。また今年は世界の小麦産地はどこも豊作が見込まれているので、小麦価格が上がる要因はありません。よってこの10月には、外麦価格がかなり下がることが予想されているので、外麦の価格については何の異論もありません。
問題は内麦価格です。実は内麦の価格決定ルールは外麦のそれとは異なり、「播種前契約」という特殊な制度が採用されています。これは種を播く前に入札をして、翌年獲れる小麦の価格を決めましょうというルールです。日本では小麦は11月に播種をして翌年初夏に収穫されます。つまり今年獲れた平成21年度産小麦は、昨年の8月に入札をした時点で既に価格は決まっているのです。昨年の8月といえば、小麦の国際価格が暴騰した直後で、誰もが小麦が手に入らなくなったら大変だということで、入札では皆上限一杯で札を入れた結果、先程の60円という価格が決まったのです。だから去年の今頃なら、60円というのはまあ妥当な価格だったけれど、それから1年経った今は、誰がどう考えても高すぎる結果になってしまいました。
問題点が何であるかは明白です。この秋から使い始める小麦の価格を1年以上も前に決めたからこうなったのです。また今年獲れた小麦はこれから1年間かけて使っていくので、考えようによっては内麦価格は2年も前から決まっているとも言えます。では内麦も外麦と同じように半年毎に価格を見直せばいいじゃないかという意見も当然あります。しかし現行の「播種前契約」は農家の方が安心して耕作できるという基本的な考え方を尊重しながら、生産者(農家)、JA、そして実需者(製粉会社)が合意の基で決めた方法なので、無下にもできません。ただ国際相場が乱高下することを想定していなかっただけです。
何れにしてもこれから1年間は、実力以上に価格の高い小麦が市場に流通することになります。普通に考えると、こういう商品が自由経済の中をスイスイと泳げるとはなかなか想像できず、今後色々な矛盾がでてくるかも知れません。「何年か経てば落ち着くところに落ち着きますよ!」という超楽観的な声も聞かれますが、それはあまりに現場を無視した意見です。製粉産業は業種的には典型的な薄利多売の装置産業で、麦価の1円の違いが社運を大きく左右します。特に基盤が脆弱で、消耗戦に弱い中小製粉にとっては尚更その傾向が強くなります。
小麦価格は市場原理だけで決めれば何の造作もない話ですが、食料自給率とか食糧安全保障の考え方などが絡んでくると俄然ややこしくなります。それにしても小麦の価格一つでさえ中々決まらないので、政治の世界が混沌とするのもやむを得ないか、っと思ってしまいます。