#215 越前おろしそば
「じゃりぃ~ん」と電話が鳴ったので、受話器を取ると、電話の相手は福井の佐々木さんでした。全く面識のないお方ですが、お話を伺っていると、うどんや蕎麦を打つのが趣味で、特に「さぬきの夢2000」で打ったうどんは麺に旨みがあり、気に入っておいでのご様子でした。またご自分で打つそばは、そば粉100%の生粉打ち(きこうち)、もしくは二八そば(2割のつなぎ粉を使用)ですが、このときのつなぎ粉も「さぬきの夢2000」を使用します。氏、続けて曰く「あのな、私趣味でな、石臼使うてそばを挽いとるんや。旨いそばができたんで、一遍送ってあげるけん打ってみまい」(福井弁はよくわからんので会話は全て讃岐弁に翻訳してあります)。
っで、暫くして届いたのが、画像①のような立派な袋に入ったそば粉でした。立派なデザインに感心していると、氏曰く「あのな、商売ではないんやけどな、やっぱりやるんやったら、そこまでこだわらんとな、わはは」。実はこれ、和紙に印刷したものを米袋に張り付けてあるだけですが、なかなかいい雰囲気に仕上がっていて、隅には「非売品」とあります。更にお話を伺っていると、佐々木さんの家業は、元々は五代続いたそば製粉だったそうですが、佐々木さんはご自身の会社を興し、今は息子さんにお仕事を任せて悠々自適の生活を送っているそうです。で今は、家に残された2台の石臼を使い、趣味として福井のそばを挽いているのです。
そうこうする内に、また電話がかかってきて、「やっぱりな福井名物の越前おろしそばを食べるんやったら、大根おろしもなかったらいかんし、一遍私が打ったそばに大根、それに食べ方を書いた紙(レシピのことです)も一緒に送ってあげるわ」といって届いたのが、画像②の品々。簡単に復習しておくと、越前おろしそばとは、福井名物の冷たいかけそば(さぬき風にいうとぶっかけうどん?)のことで、そこへ大根卸し、鰹節、ねぎなどを添えるとえも言われぬ美味しさになるそうです。で、指示通りに作ったのが画像③の越前おろしそば。翌朝、早速報告にと電話すると、氏曰く「あのな、大根卸しをそのまま入れてもえんやけど、ほんまは大根汁だけをとりだすのがポイントなんや・・・」と指示された再度作ったのがその次のそば④。
しかしはっきり言って、どっちのそばもほんまに旨かったです。実を言うと、基本的には熱々のかけうどんが好みなので、今は冬でもあるし、しっぽくそばやかき揚げそばが一瞬脳裏をよぎりましたけど、言われた通りに調理して、最高の越前おろしそばを堪能しました。麺は更級そばよりも気持ち太めで、冷水で締めるとこれがシャキッとして実に男らしい。しかもそばの風味だけでなく、独特の甘味があり、これが大根おろしやつゆと絡んでいくらでも食べられます。惜しむらくは、鰹節とねぎがなかったことで、今度は送っていただいたそば粉を自分で打ち、すべて自前で本格的な越前おろしそばを作ってみようと思っています。
佐々木さんとのやりとりで一つ印象的だったこと。それは小麦粉とそば粉とでは、粒度に対する考え方が異なることです。生粉打ちをするには、石臼をゆっくりと回転させ、そば粉をきめ細かく挽き込まないと生地が繋がりません。一つの目安として、そば粉をぎゅっと握って離したときに、それが固まったまま崩れないくらいじゃないとだめです。この点において小麦粉は少し事情が異なります。小麦粉は細かくし過ぎるとでんぷん組織が破壊され、作業適性や味に影響することがあります。適度な粒度に留めておくことが小麦製粉のひとつのポイントです。
蛇足ながら個人的にはうどん同様そば大好きなので、上京するとできるだけ蕎麦を食べるようにしています。一泊二日なら羽田空港の立ち食いそばに始まり、都内のそば専門店、立ち食いそばを何軒かはしごして5~6杯は食べるようにしています。うどん、そばに限らず全ての食材に共通することですが、美味しい食品にはそれぞれ独特の旨みがあります。食感は確かに重要ですが、食感だけではその内に飽きてしまいます。やっぱり食品は味そのものが一番重要な要素だと考えます。