#263 人類の重みにきしむ「命の糧」・・・小麦の将来③
AP通信記者のハンリーさんの記事を独断で要約すると次のような感じになるでしょうか:
①小麦価格が上昇すると、パンなどの穀物製品の価格は当然跳ね上がり、生活が苦しくなる。しかしそれを買える余裕のある人はまだ良い。割を食うのはエジプト、モザンビークおよびその他最貧国の人達で、彼らは経済的に買うことができなくなる。
②穀物高は今後長期化し、2005年以前の水準に戻ることはきっとないだろう。
③FAOによると、2050年には90億人と予測される世界人口を養うには、世界中で今後40年間に70%の食糧増産を達成する必要がある。反面、アメリカにおける小麦の生産効率は1990年代にピークを付けて以来減少傾向だ。
④ちょっとした異常気象で、穀物生産は大きく落ち込む。そして需給ともに巨大化した現在、それが原因で穀物価格は暴騰する。
⑤エジプトやインドといった大消費地では、小麦の代替食糧がみつからない。よって最前線の小麦研究者たちは「人類は食糧安全保障の問題に直面している」と考えている。
⑥1999年にウガンダで発見された強毒性の小麦サビ病が世界的に広まる恐れがある。
⑦今後20-25年の間に小麦の収量を50%引き上がる必要があるが、これは従来の方法では達成不可能だ。つまりGM(遺伝子組換え)技術が不可欠で、GM小麦の登場は時間の問題だろう。
⑧多収性品種の育種には、GM技術が必要だが、一方でそういった生命形態に係わるような技術に対しては一般のアレルギーも大きい。しかしそのような反対意見は自己欺瞞に過ぎず、GMはもはや避けては通れないだろう。例えば米の遺伝子を組み込み、干ばつ耐性を持った小麦が開発されるだろう。
小麦価格が高騰して、本当に困るのは、買うことさえできない最貧国の人達で、こういう事実に直面すると身につまされる思いがします。2008年当時、日本でも小麦が高騰し、リポーターのお姉さんがうどん店への突撃インタビューで、ご主人に「小麦粉が高くなって大変ですね!」といった光景をよく見かけましたが、こういった問題とは次元が根本的に違うようです。食品残さが多量に生産される日本などの先進国は、大変恵まれています。「このうどんはちょっと硬いなぁ」とか、「少しもっちり感が足りないなぁ」なんて余裕発言は言えなくなる時代が、そのうちやって来るかもしれません。
現在は先進諸国の購買力が強いので小麦を自由に買えますが、こういう時代がいつまでも続くとも思えません。2010年春先、ロシアが日本に小麦を輸出したいといった記事がでたその矢先、大干ばつが起こり、プーチン大統領は8月5日、穀物輸出を12月末まで禁止すると発表しました(その後2011年6月30日まで延長)。ウクライナも同様です。誰でもそうですが、自分が食べるパンを犠牲にしてまで、売ってくれる奇特な方はなかなかいません(というかそれが普通です)。そういう意味で従来のように「札束を叩けば売ってくれる時代は、終わりを告げようとしている」のかも知れません。
またこれに関連して、急に振って湧いたTPP(環太平洋経済連携協定)もどうなるか気がかりです。農産物が非課税で自由に域内で売買されるようになると、生産効率の低い日本農業は手厚い補助金なしでは到底存続できないでしょう。厳しい財政状況の折、それを捻出するだけの余裕があるのか、また仮に補助金をだせたとしても、その考えが広く世間に支持されるかどうかは別問題です(TPPは製粉業界にも激震をもたらすとも側聞します)。
穀物相場の乱高下は、とても一企業で対応できるものではありません。中小企業はもちろん、大企業でもきっと難しいでしょう。そしてそれ以上に製品価格が乱高下して困るのは二次加工業者や消費者の方々です。よって小麦の90%を輸入に依存している現状では、国が間に入って緩衝材的な役割をすることも一案だと考えますが、そういう発言は我田引水と受け止められることは百も承知です。いずれにしても現状を的確に判断し、将来に対する最善の農業政策を策定してくれることを願ってやみません。