#266 月兎図と臼の多様性
うさぎといえばお月さん。製粉といえば臼。ということで連想するのが月で臼を搗いているうさぎの姿で、この絵のことを月兎図(げっとず)といいます。この言葉を最初に目にしたのは、確か石臼の権威、故三輪茂雄先生の著書であったと思います。三輪茂雄先生は、2007年にご逝去されましたが、ご家族のご好意によりウェブサイトは今もアップされていますので、興味ある方は是非一度お立ち寄りください。
ところで一口に「臼」といっても色んな種類のものがあります。そこで今回は一般に「臼」と呼ばれているものについて簡単にまとめておきたいと思います(出典はもちろん三輪先生ですので、詳細は先生の著作をご覧ください)。そもそも「臼とは何か」と改めて聞かれると、なかなか厄介です。例えば「ものを小さくする道具」と定義すれば、「では鋏(はさみ)やヤスリはどうなんだ?」とか、「ものを粉にする道具」とすれば「じゃあ、餅つきに使用する臼はどうなんだ」と突っ込まれ、説明が難しくなります。辞書を引くと「穀物を白げ(搗いて精白すること)、またはつき砕いて粉とし、また餅をつくなどに用いる器」と手際よく説明していますが、まあ大体そんな感じでいいんじゃないかと。
代表的な臼としては「搗き臼」と「挽き臼」の2つがあります。前者は、うさぎさんが杵でついている臼で、これは「打撃力」、つまり叩くことによる衝撃で穀物を小さくしたり、餅をついたりします。後者は、石臼のように引き裂く力、つまり「せん断力」によって小さくします。石臼は下臼が固定され、上臼が回転することにより、その間に挟まれた穀物が挽き裂かれて小さくなります。現代の製粉工場で使用されているロール式製粉機も、見た目はかなり異なりますが、原理的には石臼と同じせん断力を利用して、小麦を製粉しています。
この2つ以外にも、ローラーで圧力をかけながらすり潰す、「碾(てん)」や「薬研(やげん)」がありますが、これらは「碾(てん)」として別に分類するそうです。そして「すりばち」や「おろしがね」はせん断力を利用して小さくしますが、これも挽き臼とは別に「磨臼(すりうす)」として分類した方が都合いいようです。
ところで「碾」とはテン、碾(ヒ)く、またウスなどと読むそうでが、大まかなカンジとしては臼とよく似たものであると考えます(漢字って本当にややこしくて難しいですね!)。中国ではその昔、丸い石臼のことを「碾磑(てんがい)」と呼んでいました。正確には、回転する上臼が「碾」で、固定された下臼が「磑」で、上下一対の石臼を碾磑といいます。かように日本語で臼を分類しようとすると極端にややこしくなりますが、英語だとすべてミル(mill)の一語で事足ります。
石臼の回転方向は古今東西を問わず、特殊な場合を除きすべて左回り(反時計回り)と相場は決まっていますが、その理由は三輪説によれば次のようになります。西洋人は昔からO(アルファベットのオー)や0(数字のゼロ)は左回りに書くことが多かったので、臼の回転方向もそうなった。ところが日本人はひらがなの「の」のように、右回りに回転させるのが得意だけれど、石臼は西洋から輸入されたので、そのまま回転方向も同じ左回りになった、っと。
最後に「臼」という漢字ですが、横線の左が欠けていたり、真ん中が抜けていたり、不自然な形をしていますが、これは実際の臼を横からみればなるほどと思えます。つまり全体が石臼を表現し、一画目の斜め線は、臼の挽木(ハンドル)にみえます。そして横線が欠けている部分は、そこから穀物が落ちる「もの入れ(eye)」になります。