#297 足踏み再考・・・その②

では足踏み(捏練)による小麦粉生地の変化をもう少し詳しく考えてみます。小麦粉生地は、捏ね続けることによって強度が増します。これは生地の中に棒を突っ込んでかき混ぜようとするときに、その抵抗が大きくなることをイメージしてください。では踏み続けると、いつまでも強度が増え続けるかといえば、そうではなくてある時点で最高強度に達し、その後再び弱化していきます(これは小麦粉水溶液をかき混ぜながら熱し続けた時の抵抗の変化、つまりアミログラム(#271)とよく似ています)。そしてこの強度が最高に達する時間をPT(ピークタイム)といいます。

手打ちうどんの場合は、水回し終了後、できれば若干のそぼろ熟成を行い(15分程度)、生地を丸めて足踏みに移ります。暫く踏み続けると生地がぺっしゃんこになるので、折りたたんで再び踏みます。この作業を続けていくと、そのうちにPTを迎えますが、それを過ぎると今度は生地の弱化、つまり脆くなり始めます。よって足踏みのポイントは適度なところ、つまりPTの時点で足踏みを完了することが大切です。もちろんこのPTは踏む人の体重、気温、生地の大きさなどに影響されるので、各自が経験的にその完了点を見極める必要があります。

最初の足踏みでは、生地は直ぐに平らになります。次にそれを縦横2度折りたたんで、再度踏み続けます。そしてこの作業を何度か繰り返すうちに、足の裏に生地の硬さを感じるようになります。これは生地の強度が増している証拠で、この現象を専門用語で「加工硬化」といいます(#142)。そして足踏みが終了した生地を、暫く寝かす(放置)ことを熟成といいます。熟成前の生地は、粗くてゴツゴツしていますが、熟成が終わるとてかてかと艶がでてなめらかになり、延ばしやすくなりますが、このことを「構造緩和」といいます。

構造緩和の仕組みというのは、混捏直後のグルテンは、SH基を中心とした縦方向の網目が主体であるのに対し、熟成を行うことでS-S結合という横の繋がりも増えるので、結果としてより稠密な網目構造ができるからです。この現象を専門用語でSH-SS交換反応といいますが、別にこれを知ったからといって、うどんがうまく打てるようになるわけではありません(#142)。ただこういう風に説明されると、何となくわかったように感じて、安心される方もいます(私もどちらかというと、そうです)。

しかし言ってるだけでは埒があかないので、実際に300gの小麦粉生地を練り、足踏み回数を変えてみました。一方は①50回×3回、他方は②50回×10回で、時間にすると5分と15分くらいでしょうか。両者の食味試験をおこなったところ、私は②の方が多少硬く感じましたが、これは作業条件を知っているのであてになりません。事情を知らないA君は違いが分からず、同じくO君は①の方がおいしいと感じました。よって結局のところ①と②では大差はないようです。でも更に足踏み回数を増やせば、違いがでるはずですが、私には30分も40分も踏み続ける根気がありませんでした(またの機会に再挑戦してみます)。

最後に、別件ですが先日「手捏ねと足踏みとの違いはありますか?」との質問をいただきましたので少し考えてみました。捏ねること自体は手でも足でもできます。しかし手捏ねだと指もしくは手のひらが接している部分だけに圧力が加わるので、全体をむらなく捏ねるには結構時間がかかります。その点、足は手に比べずっと大きいので簡単です。そして何より足には全体重がかかっているので、何も考えずにただ踏むだけで簡単に生地が延びてくれます。しかし手で捏ねるときは、意識して力を入れる必要があるので、これはかなり力の入る作業になります。300g程度の小麦粉であれば、手捏ねも可能ですが、それ以上になるとどう考えても、足踏みの方がはるかに楽で、またうまく延びると思います。