#472 天ぷら粉
ご承知のように天ぷら粉とは、天ぷらの衣に使用する「粉」のことです。てんぷら専用粉なる洒落たものがなかった時代は、小麦粉をそのまま水で溶いて使用するか、もしくはそれに卵を加えていた簡単なものでした。しかし「天ぷらをもっと美味しく食べたい」という要望に応え、現在ではてんぷらが「サクサク」揚がるように、小麦粉に様々な食材を加え、工夫を凝らし、「天ぷらミックス粉」、通称「天ぷら粉」なるものが誕生しました。以下天ぷら粉が如何なるものか、その特徴を簡単にご説明いたします。
天ぷら粉のポイントはとにかく「サクサク感」つまり衣を「カラッ」と揚げることに尽きますが、このために様々な工夫がされています。下の表は、天ぷら粉に使用される一般的な原材料一覧ですが、それぞれに目的があります。まず主原料である小麦粉は薄力粉を使用しますが、これはグルテンが少ないからです。うどんはコシをだすため、グルテンのもつ粘弾性を最大限に引きだす必要がありますが、天ぷら粉の場合は全く逆です。この辺りの事情を説明すると次のようになります。
①小麦粉 ・・・天ぷら粉の主原料(薄力粉)
②でんぷん・・・グルテンの比率を下げる
③乳化剤 ・・・油が衣の中に均等に分散することにより、水分を残さずに揚げる
④卵黄粉 ・・・膨らみやすくする
⑤卵白粉 ・・・サクサク感
⑥食塩 ・・・食味の向上
⑦着色料 ・・・黄色を強調することによる外観の向上
茹でる前のうどんが、切れずに繋がっていることができる理由は、グルテンの粘弾性によるものです。鳥もちのような粘性とゴムのような弾性を兼ね備えたグルテンが、生地中で立体網目構造を形成することで、小麦粉生地は粘土のように延ばしたり、引っ張ったり、丸めたりすることができます。簡単にいうとグルテンは、生地の中で接着剤のような働きをするわけですが、グルテンそのものの量が少なかったり、またグルテンの性質が脆かったりすると、接着剤が充分でないためにうどんが切れやすくなります。
また同じ小麦粉でもその作業手順の違いにより、コシのしっかりとしたうどんに仕上がったり、「ふにゃふにゃ」になったりします。うどんの場合は、グルテンの粘弾性を最大限に引き出すため、小麦粉を①しっかりとこねて②適温で充分に熟成させる必要があります(#449)。一方、てんぷらの場合は、グルテンが生じると、それが「まったり」とした食感になり、「サクッ」とか「カリッ」とかいう食感とは全然違うものになります。よって天ぷら粉は、極力グルテンを生じさせないようにするために、グルテンの少ない薄力粉を使用します。冷水を使用するのも、またかき混ぜないのもすべてグルテンを生じさせないためで、これはうどんの作業工程とは全く逆の操作です。
②でんぷんを入れると、相対的にグルテンの比率が下がるので、それだけふわっと仕上がります。穀物害虫は、小麦粉中のたんぱく質(グルテン)を好むため、昔はわざわざそういった小麦粉を篩い、天ぷら粉として使用したという話もあります。また酢にはグルテンの形成を阻害する性質があるので、酢を利用することもあるようです。そういえば、うどんでも塩水に少量の酢を加えることがありますが、これもグルテンが抑制されるので、その結果ソフトな食感に仕上がるようです。
③乳化剤には、天ぷらの衣を「サクッ」と揚げる効果がありますが、理由はこうです。互いに混じり合いにくい、たとえば水と油などを、均一に混ぜ合わせる効果のある物質を乳化剤といいます。乳化剤を練り込んでおくと、天ぷらを揚げるときに、油が衣の中に均一に行き渡ります。すると水分が均一に蒸発し、カラッとまたサクサクと仕上がるそうです(サクッとなる理由)。他には④卵黄は、膨らみやすくし、⑤卵白粉はサクサク感を増します。黄色い衣が好みの方は、ビタミンB2を着色剤としていれることもできます。