#476 ロール製粉機(roller mills)の発明①
小麦を挽いて粉にする作業を「製粉」するといいます。最初の製粉は、小麦を石で叩き、擂り潰すことから始まりましたが、それは今から数万年前のことと言われています。そのうちに(といっても気の遠くなるような時間が流れて)、紀元前4,000年頃のエジプトになると、往復運動を利用して小麦を粉にする、サドルストーンが考案されます。これは簡単にいうと生姜や大根を磨るような「磨臼(すりうす)」みたいなものです。そして更に何千年か過ぎ、やっと回転式の石臼が発明されます。
回転運動を利用した臼は、ギリシャ人により紀元前500年頃に起こった一連の発展の中で発明されたことになっています。私たちは見慣れているせいか、回転している石臼をみても何とも思いませんが、ストーク先生の言葉を借りると、「往復運動のサドルストーンと回転式石臼との間には、驚くべき険阻な知的飛躍が存在する」となります。つまり何も無いところから、回転式石臼を考案するのは、ちょっとやそっとではできない、正に第一級の発明品ということになります。そして回転式運動が発明されて初めて、水車などの「水力」や牛や馬などの「畜力」も利用できるようになり、生産量は飛躍的に増大しました。
しかし現在の製粉機であるロール製粉機の登場は、それから更に2,500年近く後の、19世紀後半になります。ロール製粉機が登場するには、歴史的必然性がありました。「段階式製粉方法」が始まったのが17世紀、またエバンスにより製粉工程が自動化されたのが18世紀の終り、そしてピュリファイアーが発明されたのが19世紀初頭です。しかし、いずれにおいても肝心の挽砕方法は相変わらず石臼製粉のままでした。石臼がたくさん並び、また様々な機械で自動化された工場内部の光景はさぞかし壮観だったに違いありませんが、その生産能力には限界がありました。
石臼に代わって現在のロール製粉機を最初に考案したのはイタリア人のラメッリ(Agostino Ramelli)で1558年のことと言われています。これは回転式ロールを使用し、その表面はスパイラルのついた溝まで切ってあります。しかしこの革新的なロール機は時代を先取し過ぎたために当時の技術では実用化できず、日の目を見ることはありませんでした。それから暫くして、1662年にベックラー(G.A. Bockler)がシフターと組み合わせた、より現代のロール機に近い波型ロールを発明します。しかしこれもやはり実用化には至りませんでした。
これら二つのロール機が石臼に比べ劣る大きな理由が二つあります。ひとつは量的に対応できない、つまり大型化できなかったこと。もうひとつは、ロール間隙を柔軟に調整できなかったことにあります。つまり正確にロール間隙をセットすることはできても、それを圧力に応じて広げたり狭めたりすることができなかったのです。挽砕時にはストックの質、量に応じて、間隙を弾力的に調整する必要があるし、また金属片などが通過するときなど大きな圧力がかかるときには、ロール間隙が広がらないとロールがすぐに傷んでしまいます。そして石臼はこれらの問題に対応できても、初期のロール機にはそれができなかったのです。そして真に革命的なロール製粉機の登場は、もう少し待たなければなりません。
その後、長い間大試行錯誤が続き、1834年になってようやくスイス人技術者ヤコブ・ザルツバーガー(Jakob Sulzberger)が実用に耐えるロール製粉機を開発しました。とはいっても、これでもまだ石臼に比べて優れているとはいえません。両者の能力を比較すると、年間13台の石臼と9人で2,6000ブッシェルに対し、36台のロール機と28人で13000ブッシェルしか生産できませんでした(小麦1ブッシェル=27.2155kg)。つまり当時ロール製粉機は石臼に比べて1/6の効率しかなかったわけです。それに加えて、ロール機は素人の手には負えず、熟練者にしか扱えなかったので普及するには至りませんでした(つづく)。