#495 パンの官能検査・・・製粉後4年経過後の小麦粉
小麦粉の賞味期限は、製粉会社によってまちまちですが、短いもので6ヶ月、長くて1年といったところでしょうか。賞味期限とは、「開封していない状態で、表示されている保存方法に従って保存したときに、おいしく食べられる期限」ということで、個々の会社が、独自に設定できるようになっています。小麦は、粒の状態では長期間保存できますが、一度製粉して小麦粉の状態になると、空気に触れ、酸化されることにより、劣化が始まります。密閉状態だと冷暗所で1年位はへっちゃらだと思いますが、製粉会社としては、最適な状態で調理してもらいたい思いを込めて、賞味期限を短く設定するところもあります。
さて、なんと4年前の小麦粉がでてきたので(というか保管してあった)、どうなるのかHB(ホームベーカリー)で焼いてみることにしました。開封時はそれほど劣化している風には見えませんでしたが、挽きたて直後の小麦粉と焼き比べてみると、その差は歴然。よく膨れるパンが必ず美味しいとは限りませんが、膨れないパンは硬くて不味いのでその時点でアウトです。つまりパンにとっては、膨れるということが最重要のポイントになります。
次にテイスティングをしてみました。4年前の小麦粉は膨らみが悪いので硬く、少し異臭が認められました。また粘りが足りず、パサパサとした食感でした。つまり風味は感じられず、食味に乏しく、食感も硬く、賞味期限をとっくに過ぎているとは、こういうことかと実感しました。非常食にはなるかも知れませんが、普段はまず食べることないであろう品質でした。
パンが膨れることができるのは、アルコール発酵とグルテンのお陰です。パン生地の発酵が進むとグルコースが分解されてエタノールと二酸化炭素(CO2)が発生します。このCO2によってパン生地は膨らみますが、ここでこの膨れた生地を支えるのが、立体網目構造を形成しているグルテンです。このときグルテンの量が少なかったり、またグルテンそのものの強度、つまり粘弾性が欠けたりすると、膨れた生地を支えきれないので、パン生地はしぼんでしまい、ふわふわしたパンに焼き上がりません(#153)。
ところでパンが焼きあがるときには、得も言われぬ素晴らしい薫りがしますが、これはアルコール発酵時に発生するエタノールの匂いです。HBの焼き上がり時間を起床時にセットしておくと、ちょうとパンの焼けるいい匂いで目が覚めます。「パン、ミルク、そしてバターは尊い古代の遺物だ。それらは文明の朝の香りがする」とはイギリス作家リー・ハントの言葉だそうですが、正にその通りだと思います。
話が逸れてしまいましたが、4年前の小麦粉が膨らまないのは、グルテンの劣化が主たる原因です。コズミン先生によると小麦粉は空気にさらされることにより、遊離不飽和脂肪酸が増加し、その結果伸展性がなくなり、弾性が増加し、しなやかさが無くなります(#120)。またサリバン先生によると時間の経過とともに不飽和脂肪酸の酸化物が増加し、それがパンの膨らみを阻害することになります(#123)。何れにしても時間とともに小麦粉の酸化による劣化が進み、パンは膨らみにくくなるということです。
考えてみれば小麦は農産物であり、それを粉砕して粉にすれば、時間と共に劣化するだろうと考えるのは至って自然なことです。どうかできるだけ挽きたての新鮮な小麦粉を使用してください。また使用しないのであれば、密閉して冷暗所に保存し、できるだけ劣化が進まないようにすることが大切です。もちろん半年以内であれば、普通の保存状態であれば、著しく劣化することはありません。