#520 製パンを科学する②・・・パンが膨れる仕組み
「なぜパンが膨れるのか?」という問いに対する簡単な回答は概ね次のようなものだと思います。「イースト菌がパン生地に含まれる糖類(グルコース)に作用して発酵し、炭酸ガス(二酸化炭素)とエタノールを発生します(アルコール発酵)。そしてオーブンで加熱するときもガスを発生し続け、パンはどんどん膨れます。このときグルテンも一緒に延びますが、加熱されることにより活性を失い、伸びきったところで硬くなり、膨れたパンが焼きあがる」というわけです。しかし実際に起こっている現象はもう少し複雑なようです。
小麦粉を混捏すると弾性を持つグルテニンと粘性を持つグリアジンが混ざり合い、粘弾性を持つ小麦粉特有のタンパク質であるグルテンが発生します。同時に生地全体の容積の1割弱に相当する空気が練り込まれ、生地中には無数の小さな気泡ができますが、この状態を模式図で表現したのが(図3、製粉振興№581より引用)です。気泡の表面にはグルテンの薄い層が張り付き、その間にイーストやでんぷん粒が点在しています。そしてこの気泡が核となり、アルコール発酵によって発生する炭酸ガスを取り込むことにより大きく成長し、その結果パン生地が膨れます。
つまりパン作りは、発生する炭酸ガスを逃がさないよう、うまく包み込んでパン生地の膨張につなげていくことが重要になります。イメージとしては、粘弾性を持つグルテンが薄く気泡を包み込みながら、尚且つその弾性を利用しながら、生地が潰れないよう膨張するのを支える感じです。まとめるとこの一連の生地の膨張を可能にするポイントが次の3点になります:
①混捏による気泡の生成
②粘弾性を有するグルテンの生成
③アルコール発酵による炭酸ガスの生成
ここでミキシングの程度の違いによる、グルテンの形成方法に着目してみます。(図6)は4段階のミキシングによる生地物性の違いを示しています。ゆっくりとしたミキシング(低速)では、グルテン凝集物(グルテンの塊)を十分に延ばすことができないので、イメージとしては①-(B)のように、グルテンは塊として生地中に点在しています。引き続き高速でミキシングすることにより、生地は伸展性と柔軟性を高め、最終的には④-(A)にある絹のような薄膜状まで延ばすことができます。この時点でグルテン繊維は④-(B)のような細長い線状となり、ミキシングは完了します。
しかしながらミキサーがなかった時代の手作業による混捏では、ミキシングの程度は十分ではなく、③-(A)の状態が限界であったようです。そこで先人たちはこの問題をどう解決したかというと、生地を90分発酵させることで、生地の体積を3倍に膨張させ(図7)、その結果グルテン凝集物の状態を④-(B)の理想的な状態にまで仕上げることができました。
ただ生地をミキシングするだけでは、グルテン繊維は一方方向にしか延びず、これでは十分な弾性(強度)を確保することができません。うどんも同じで、縦、横、斜めとあらゆる方向に生地を延ばすことにより、グルテンの立体網目構造を構築することができ、その結果しっかりとした手打ちうどん特有のコシを実現することができます。このグルテンの網目構造を構築するのが、「パンチ」、「分割・丸め」、「成形」といった工程になります。
特にパンチ工程では、元の3倍に膨張した生地を一旦潰してしまいますが、これは大きなガス泡を壊して小さな数多くのガス泡に分散させることで、その各々の小さな泡を核にして再び均一なガス泡を成長させる目的もあります。こうすることでしっかりとした生地に膨らませることができます。