#544 飽和食塩水の利用・・・昔の塩水調合方法
うどん生地を仕込むときには小麦粉と塩水を混ぜ合わせます。地方によって塩水濃度は異なりますが、讃岐では夏で13%、冬で10%程度といったところでしょうか。名古屋だと15%以上の塩水を使用するところもあると聞きます。今はスケール(はかり)があるので、どんな濃度の塩水も簡単に調合することができます。しかしはかりのない時代、どうやって塩水を調合していたかというと、実用的な方法として飽和食塩水が利用されました。
小学校の理科の時間で勉強しましたが、水に食塩を目一杯溶いて、もうこれ以上溶けない状態の塩水を飽和食塩水といいます。そして食塩水の便利な特長は、この目一杯溶ける食塩の量(溶解度といいます)が、温度にほとんど影響されないことです。例えば、0℃における飽和食塩水100g中の食塩は26.28であるのに対し、20℃では26.39gと0.1g程度しか違いません(塩百科)。よって食塩水の密度もそれぞれ1.2093g/ccと1.1999g/ccでほとんど同じです。
今、飽和食塩水を100ccのカップ一杯用意します。すると密度は約1.2g/ccなので、この中の食塩は、120g×26.3%=31.2gになります。これをカップ一杯の水(100cc=100g)で薄めると、濃度は、31.2÷220=14.2%、また二杯の水(200cc=200g)だと、31.2÷320=9.75%となります。つまり、簡単に14%、10%濃度の食塩水が調合できます。ざっとですが、夏場だと飽和食塩水と水を同量で割り、冬場だと2倍の水で割ると、丁度よい塩水ができることになります。
では実際に昔のうどん屋さんはどうやっていたかというと、まず瓶の中に水を張ります。そしてその中に溶け切れない程の沢山の塩を入れて混ぜてやります。暫くすると溶けなかった塩は、瓶の底に沈殿し、上部の塩水が飽和食塩水になります。よって柄杓で上の部分の塩水をすくい、夏場は水一杯、冬場は水二杯、そして春、秋はその間で合わせてやります。瓶の中の塩水が減ってくると、再び水を足し、食塩をぼとぼとと入れてかき混ぜると、再び飽和食塩水ができます。なんか継ぎ足しばかりを繰り返すので、「うなぎのタレ」を連想してしまいますが、秤を使うことなく、簡単にうどん用の食塩水がつくれる生活の知恵です。みなさんも一度試してみてはいかがでしょうか。
ところで世界における塩の生産量は年間約2.54億㌧ですが、そのほとんどは岩塩(62%)もしくは天日製塩(36%)で、日本のようなイオン交換膜法による製法は僅か(2%)です(#463)。岩塩とは、大昔に海水が陸上に閉じ込められ、それが蒸発し結晶化したもの。また天日塩は、乾燥気候を利用し、広大な土地における天日蒸発によるものです。よって製塩といってもどちらも実際に塩を製造するのではなく、自然にできた塩を、ただひたすら重機を使って取り出すだけなので、生産コストはほとんどかかりません。
しかし日本では岩塩も自然の天日塩もなかったため、昔から塩田を利用した製塩業が盛んでした。近年では「入浜式塩田法(1630~1952)」⇒「流下式・枝条架式塩田法(1952~1972)」⇒「イオン交換膜製塩法(1972~)」と製塩方法が変化し、現在はほとんどがイオン交換膜方式になりました。入浜式は何百年と続きましたが、流下式は僅か20年という短命に終わり、現在のイオン交換膜製塩法へとバトンタッチしました。
現在の業務用食塩は、60円/kg程度で流通しています。そして私たちの食塩の一日あたりの摂取量は10g程度なので、単純に計算すると0.6円となりほとんどただ同然の価格です。しかも天日塩や岩塩は、ただ掘るだけなので、製造コストは更に安価になります。サラリーの語源はソルト(塩)と言われますが、これはローマ時代は塩が貴重で、塩(salt)が給料(salary)の一部として支給されていたためと言われています。今では到底信じられない話です。