#557 ヌードルハラスメント(Noodle Harassment)
ヌードルハラスメント(略してヌーハラ)とは、「麺類をすするときに発生するズルズルという音が、周囲の人たちに対し不快な精神的苦痛を与える行為」を指すそうです。日本に生まれ、日本で育った我々には全然ピンとこない話ですが、西欧諸国では食事中は音をたてないことがマナーとされています。よって口が開いて「くちゃくちゃ」と音がしたり、うどんやラーメンをすするときに「ずるずる」したりするのは、あちらのマナーではご法度。ヌーハラなる和製英語が登場した背景にはこのような事情があるようです。
ハラスメントとは「いやがらせ」を意味し、最初に有名になったパワハラ(パワーハラスメント)とは、職場内での優位性を利用して、適正な業務範囲を超え、精神的・肉体的苦痛を与えること、またセクハラ(セクシャルハラスメント)は、優越的立場を利用した性的嫌がらせのことです。そしてこのノリで考えると、ヌーハラとは、「いつも麺類ばかりの食事を与えることによる嫌がらせ」かな、とも思ったりしますが、実際は「麺類をすする音に起因するトラブル」のことを指します。
私たちの生活の中では、「ゲップ」や「オナラ」は極めて自然な生理現象ですが、公共的な場所では控えるべきものと考えられています。一方、文化が異なると、食事中に発生する雑音、つまり「すする音」もマナーに反するものと捉えられます。では「ゲップ」、「オナラ」、「すする音」の3つがどういう順序でより深刻であるかは、それぞれの文化的背景によって異なります。ただ注目すべきは、私たちにはさほど気にならない「すする音」が西欧諸国では、問題視されることがあるという事実です。
かなり昔のはなしですが、知り合いの アメリカ人Sと一緒にラーメンを食べることになりました。こちらは順調に消化しているのに、 S はいつまでたってもレンゲを「ふ~ふ~」やってるばかりで、一向に埒が明きません。「何やっとんな?」と聞くと「熱いので冷ましとる」っと。それは見ればわかるけれど、あまりの遅さに呆然。ネコが熱いものを目の前にすると、近づいては離れ、手でひっくり返しては、「あっちっち」といった仕草をしますが、正にあのノリです。
つぶさに観察していると、レンゲにとった一口分が冷めると、それを口に放り込んで「もごもご」やっています。つまり音を立てないようにすると、どうしてもそうなってしまうのです。しかしかけうどんやラーメンが美味しいのは、その食味の良さもさることながら、熱い状態のまま麺を口に放り込むからです。そして熱い麺を吸い上げるにはどうしても「すする」必要があり、結果として「ずるずる」という音が発生してしまいます。
2006年に東京のあるラーメン屋さんで、外国の方が首を傾げて、箸を器用に操り、「ずるずる」とラーメンをおいしそうにすすっている光景は、誠に衝撃的でした(#052)。当時はそういった光景は、稀でしたが、最近は状況がかなり変化したように思います。あれから10年が経過し、ラーメン店やうどん店がとんどん海外に進出する時代になりました。香川県内のうどん店でも外国人がずるずるやってる光景は、それほど珍しくなくなりました。「郷に入れば郷に従え」です。
グローバル化する世の中、うどんやラーメンの美味しさが世界の隅々にまで伝播する日もそんなに遠くないかも知れません。そこでとりあえずの応急措置として、ニュージーランド人ニックさんのアドバイスを思いだしました(#310)。「海外でうどん店をオープンするなら、店内に大音量のロックンロールを流すのもひとつの方法かも知れんね」という提案です。思わず「座布団1枚!」と言いたくなりました。