#661 ゲノム編集の光と闇(青野由利著)

最近、「ゲノム編集」関連のニュースをよく耳にします。先日も「HIV(エイズウイルス)に対する免疫をもった双子の女児が、ゲノム編集により中国で誕生」というショッキングなニュースがありました。実は最近まで、「遺伝子組替え技術」と「ゲノム編集」は、呼び方が違うくらいの認識しかありませんでした。しかし実際は「似て非なるもの」であると知り、不明を恥じ入ります。そこで「ゲノム編集の光と闇(青野由利著)を読んでみました。完全理解とは言い難いですが、感想を簡単にまとめてみました。

動物、植物を問わず、その形質の遺伝を担う単位は遺伝子であり、その本体はDNA(デオキシリボ核酸)です。人間の全遺伝情報は、染色体1セット(22種類の常染色体と2種類の性染色体)に含まれる遺伝情報であり、その本体がDNAです。人間には60兆個の細胞があり、そのそれぞれの細胞にDNAがあり、そのDNAを一列に伸ばすと2mにもなります。

さて肝心の「遺伝子組替え技術」と「ゲノム編集」の違いですが、専門知識がないので、ぼんやりとしか理解できません。外部から遺伝子を組み込む技術が「遺伝子組替え技術」であり、既存の遺伝子を改変するのが、「ゲノム編集」ですが、今ひとつピンときません。「くらしとバイオプラザ21」に次のような具体的な比喩があり、これでなんとなくわかったような気分になりました。つまりDNAを文章に例えると、「私はは人間です」⇒「私は人間です」(「は」を1個削除)、や「私は人間です」⇒「私が人間です」(1文字置換)といった操作がゲノム編集。一方「私は人間です」⇒「私はスーパー人間です」(「スーパー」という文字を挿入」が遺伝子組替え、となるらしいです。

さて技術的な違いはともかく、従来の遺伝子組替え技術は、効率も精度も悪く、狙い通りに遺伝子を組み替えることは困難でした。一方、ゲノム編集技術は、シャルパンティエとダイドナ両博士によって開発された「クリスパー・キャス9」という技術により、遺伝子の改変を従来よりも格段に、簡単に、早く、正確にできるようになりました。つまり筆者の言葉を借りると、「遺伝子を狙い通りに切り貼りできる技術」であり、「ワープロで文章を編集するように、人間の設計図に相当するゲノムを自在に編集する技術」となります。

そしてここが重要ですが、ゲノム編集による遺伝子改変が、農産物・水産物にどういった影響があるのかが私たちにとっての最大の関心事です。ゲノム編集の成果としては、通常のマダイに比べ筋肉量が多くまるまると太っている「マッスル(筋肉)マダイ」、収量の多いイネ、GABAを多く含むトマト、芽に毒のないジャガイモ、受粉しなくても大きくなるナスなどが、既に開発されています。

マッスルマダイは、マダイのミオスタチン遺伝子をノックアウトする(だめにする)ことによって得られます。ミオスタチンの遺伝子変異は、自然界にも存在し、この変異を持つ牛は筋肉量の多い肉牛として、従来からも商品化されています。つまりマッスルマダイは、外来の遺伝子を組み込んだ「遺伝子組替え」ではなく、自然界に存在する遺伝子変異を、ゲノム編集技術により人為的に発生させた結果であるので、従来からの「品種改良と変わりない」という考え方もできます。

そしてこのゲノム編集技術についての各国の対応はバラバラです。アメリカは「交配や選別といった伝統的な育種によって開発できる遺伝子編集植物については規制しない」。EUは「ゲノム変種作物も原則として従来のGMOの規制の対象とすべきだ」。そして日本は、「狙った遺伝子を壊して、その機能が失われた生物は、規制対象外」といった具合です。つまり自然界に存在する変異を、人為的に再現した場合の解釈について、各国の判断が分かれています。それにしてもすごい時代になったものだと感じます。