#683 「麺の科学(山田昌治著)」②
「麺の科学」より引き続き、独断で印象に残った点をまとめてみました。中でも興味深かったトピックとして、中華麺の由来、そして「麺質とアルカリ性との関係」があります。
小麦はシルクロードを通って中国そして日本に伝播しましたが、麺はメソポタミア文明にはありませんでした。シルクロードを逆に辿っていくと、中央アジアで広く食されている「ラグマン」という麺に遭遇します。そしてこのラグマンが麺の始まりと考えられていて、その製法はうどんほぼ同じです。ラグマンは、中国語の拉麺(ラーメン)の語源とも言われ、その語感は、ラーメンを連想させます。
ラグマンは、その後中国に伝わると、そこで麺文化が一気に花開きます。小麦粉にかん水を加えて、練り上げると、アルカリ性になった麺は、歯ごたえのあるぷりぷりとした食感の中華麺になります。このかん水は「鹹水」と書き、その名前は鹹湖(かんこ、塩水湖)に由来します。ラグマンが中国に伝わり鹹湖の水を使ったところ歯ごたえのある風味の良い麺、つまり中華麺ができました(なるほど)。そしてその中華麺が日本に伝えられたのが、19世紀の江戸後期となります。
現在は、中華麺の製造に使用するアルカリ塩水溶液のことを「かん水」と言い、実際は炭酸ナトリウムと炭酸カリウムの混合物を、小麦粉に対し、0.2~1.5%程度を水に添加して使用します。アルカリ性になることで、グルテンに対する収斂作用が起こり、その結果、中華麺特有の、ぷりぷりとした食感になります。またカルコンという黄色い物質が発生し、それが中華麺の黄色となります。更に、グルテンに含まれるグルタミンは、アルカリ性になると、「脱アミド」反応により、グルタミン酸になりますが、このときアミノ基は、アンモニアとして揮発し、これが中華麺特有の匂いとなります。つまり中華麺が発する独特な匂いは、なんとアンモニアなのです。不思議なことにアンモニアは高濃度では強烈な悪臭を放ちますが、低濃度では中華麺のような好ましい匂いとなります。
アルカリ塩水溶液の利用は、練水だけではありません。麺をゆでるときの水をアルカリ性にすると、そのアルカリ性が麺のグルテンに作用して、麺がしっかりとゆで上がります。例えば水1㍑に対し重曹(炭酸水素ナトリウム)を大さじ1杯(15g)いれてそうめんをゆでると、安価なそうめんでも高級そうめんのようなシコシコとした食感にゆで上がります。更に重曹の代わりに、なんと他の食材も利用できます。例えば水2㍑にシラタキ200gを入れ、沸騰後、うどんの乾麺100g入れてゆで上げると、明らかに食感は異なり、麺は薄い黄色となり、そして中華麺特有の匂いがします。是非、一度試してみてください。
さて余談になりますが、「突沸(とっぷつ)」という言葉を初めて知りました(不明を恥じ入ります)。水を熱し始めて100℃に達すると、気泡がブクブクと出始め、次第に激しくなりますが、これが通常の「沸騰」です。ただまれに沸点に達してもブクブクと泡が出ない状態になる場合があります。すると限界を超えると突然、大きく沸騰することがあり、これが突沸です。突沸は、鍋の中身が大きく飛散、つまり飛び散るので、火傷などの原因となり危険です。
通常の鍋は、表面に目に見えない微細な傷があり、水を入れても完全に隙間のない状態にはならずに、小さな気泡が残ります。よってこの小さな気泡が起点になって、沸騰がおこります。つまり小さな気泡がガス抜きの役目をするわけです。しかしビーカーにように表面がツルツルの容器は、沸騰の起点になる小さな気泡がないので、突沸が起きやすくなります(なんとなくイメージとしてわかります)。コーヒーのサイホンも同様に、突沸が起こり易いので、防止策として、金属製の鎖や「沸騰石(多孔質の石)」をいれています。