#735 サドルストーンから石臼へ②・・・サドルストーンの改良
この世界の現象を初めて合理的に解明しようと試みたのは、ギリシア人たちです。彼らはこれまでずっと人々を支配してきた「誰が」という芝居じみた考え方ではなく、合理的に「何が」という言葉を使って世界を理解しようと試みます。そしてこの手法によりギリシアの人々は、技術や科学の進歩に不可欠な、懐疑的かつ実用的な心構えを身につけることができました。ギリシア人はこの世に完成型や最終型はないものと考え、常により良い改良型を求め続けます。
エジプトやメソポタミアでは、既に完成型として本質的な変化のなかったサドルストーンに対してもかれらは、次々と改良を加えます。デロス島の遺跡からは当時の品々が数多く見つかっていますが、それらをみると柔軟な発想を持ち合わせたギリシア人達は、僅か数十年の間に、様々な観点からの着想を取り入れ、試行錯誤を繰り返したことが伺えます。そして彼らは、製粉方法に革命をもたらした、斬新かつ重要な粉砕形態を創りだします。
彼らが創出した一部を紹介します(画像)。まずラバー(上石)に取っ手をつけることで、より大きな石が利用可能になり、下石は従来の凹んだものから平らな長方形へと変わりました(A)。これを私たちはスラブ・ミル(Slab Mill,平板臼)とよんでいます。スラブとは、石板のことです。また従来の粉砕方法は、小麦が石同士で挟まれるため、単に押し潰されるだけでした。
しかし接触面に溝を彫ることで、溝の端で挟まれた小麦は、剪断力(せんだんりょく)(挽き裂く力)によって切り開かれるようになりました(B)。これが効率的な手法であることがわかり、これ以後、石臼には溝を彫るのが習慣となりました。またそれから程なく溝の切り方は、2つの石で平行にするよりも、鋭角で交差させた方が更に効率の良いことがわかりました。この発明は製粉技術への恒久的な貢献となり、現代のロール製粉機もこのような溝の切り方を踏襲しています。
他にもあります。粉砕速度が上がってくると、動きを中断することなく穀物を定量的に供給したいと考えるようになります。この問題に対しては上石を大きくして、凹みやホッパーを作り、またその底にはスロット(細長い穴)をつけることで可能となりました(C)。このスロットの長さや幅は、粉砕スピードと供給量が同じになるよう、経験則によって決められ、その結果、動きを止めることなく連続粉砕が可能になりました。また上石の凹みを大きくすると軽くなる分、サイズを大きくすることができ、同時にホッパーの大型化も可能となり、粉砕時間を更に長くすることができました(D)。
最初は細長いホッパーもやがて深い長方形になり、その結果上石は大きな直方体の上部をくり抜いたような格好となり、その底面が粉砕面となりました。この方式は、作業者が押すときに「挽く」という動作が発生するので、プッシュミル(Push Mill)と呼ばれます。ただ横木がついたお陰で使いやすくなった反面、石も大きくなるので操作は大変でした。そこで粉砕面を傾斜させ、挽くときは(押すとき)、重力の助けを借りるように改良を加えました。そして両端を交互に振り上げるようにしながらレバーを戻しました。こうなるともうプッシュミルは女性では操作できないくらい大きくそして重くなり、生産力も向上しましたが、これは余程の大家族でない限りは必要ありませんでした。
ここまでくるとギリシア人をもってしても、これ以上改良の余地はないほど、サドルストーンは完成された域に達しました。最終的には、回転運動が利用できる石臼が目標ですが、そこに到達するには、更にもうひと工夫必要となります。