#788 新しい動力源の登場②・・・ラメッリの先進的すぎたロール製粉機
16世紀における機械工学上の理論と実践の中で最も重要な記録は、アゴスティーノ・ラメッリが1588年に出版した「種々の巧妙な機械について」という本で、これは出色のでき映えです。フランス語とイタリア語で解説が加えられ、195点にも及ぶ繊細に描写された図版は、単に当時の機械がどういうものであるかというだけではなく、当時の人々が機械に対しどのように接し、また考えていたかを知る上での貴重な資料です。
これに比肩できるものといえば、1546年に発行されたアグリコラの「金属について」ですが、これはラメッリが扱っていない鉱山及び冶金学のみを対象としています。極めて論理的な、そして少し形式主義的にもみえる16世紀の機械工学の概要が、ラメッリの図版では巧みに表現されています。彼の考案した機械は、手回し、足踏み式、重力、バネ、3種類の水車、風力など様々な動力によって駆動します。また歯車の組合せや力の伝達方式を巧みに変更しながら、ポンプ、石臼、ホイスト、ジャッキなどを動かし、そして彼はそのことを楽しんでいたようにも見えます。
南ヨーロッパの視点で書かれたラメッリの本の中には、風車は3基しか取り上げられていませんが、その内の2つは精密に描かれたポストミルとキャップミルで、それにより風車の建築方法がよく理解できます。また6基の水車製粉機も描いていて、その内4基が下掛け式、2基が上掛け式、また3基が直接稼働方式、そしてその内の1基は上掛け式の直接稼働方式です。そしてこれらは全て、ホッパーから供給される小麦をかき回すためのダムゼルが装着されています。他にも巧妙な仕組みの水上式製粉、テンタリング装置(上臼と下臼の間隙の調整機構)、水力を利用したふるい装置なども含まれています。また更には畜力の利用、手回し式、足踏み式、そしておもりを巧みに利用した製粉方式もふんだんに紹介されています。
しかし何と言っても製粉に関する最も重要なイラストは、有名なローラー式の製粉機でしょう。これは1556年に退位した神聖ローマ帝国のチャールズ5世が、セント・ジャスト修道院に隠居した際に、時計職人であったツァリアーノの協力を得て発明した、と一部では考えられています。この製粉機は僧侶のマントの中に隠れるくらいに小さく、また驚くほど生産性が高かったそうですが、それ以上のことは不明です。ラメッリの図版には回転するローラーとそのローラーに刻まれたらせん状の溝がはっきりと描かれています。この独創的な2つのアイデアは、暫く日の目を見ることはありませんでしたが、19紀になると製粉技術に革命をもたらしたローラー製粉機の発明に繋がります。
私たちが知る限り、このアイデアはラメッリの時代に先駆者は存在しません。よってこれは彼のオリジナルです。中にはその形状がアワーグラスミルの下半分に似ているため、これと比較する向きもありますが、これは不自然で、こじつけに過ぎません。ラメッリの製粉機は、ケースの中にらせん状に溝を切ったローラーを固定させ、片方のケース上部に原料の供給口(ホッパー)を設けています。そして原料が内部で反対側の押し出されるにつれ、ローラーの表面と内壁との間に挟まれて挽かれる仕組みになっています。この製粉機を設計した人物は、驚くべき才能の持ち主であったに違いありませんが、この機械にはひとつだけ欠点がありました。それは時代を先取りしすぎたために、実用化には結びつかなかったことです。
【ラメッリのロール製粉機】
ラメッリによるロール製粉機のイラスト(1588年)。右は一部透視模型図で、左はその断面図。内側にある波状の円錐ローラーは長いボルトを調整することにより、前後に移動させることが可能です。ローラーの側面部分の角度は、それを覆っている内壁のそれよりも若干大きいので、粉砕は両者の先頭部分が接する円周上に沿っておこなわれます。上部から供給された小麦は、ローラーが回転されるにつれて、ローラーの表面の波形に沿って反対側に押し出され、粉砕される仕組みです。