#824 ロール製粉機への道程➄・・・石臼からロール製粉機へ

ロール製粉機が石臼より優れている点のひとつは、ロール間隙を精密に調整できることです。溝を切ったロールが一定の間隙を保持し、2つの向い合うロールが異なるスピードで回転することで、小麦が間隙を通過するときは、小麦に対して剪断力が働き、溝の部分で小麦を押さえつけながら、引っ張るため、表面がバラバラにならずに中の胚乳部分だけが、飛び出します。

この小麦が最初のロール機を通過した際に発生する小麦粉は、小麦をブレーク(Break)、つまり割るときに発生するので「ブレーキ粉」といいます。ブレーキ粉は、全体の僅か3~4%にしか過ぎません。ブレーキ粉は最初に採れる小麦粉なので、品質が良いと誤解されることがありますが、そうではありません。その理由は、ブレーキ粉にはふすま片の混入が避けられないことに加え、小麦表面に付着している埃も混じってしまうからです。その後、異なるスクラッチロールを何度も通過しながら、胚乳部分は表皮からきれいに剥ぎ取られ、また同時にふすま片は圧延され、両者の篩い分けがうまく進む仕組みです。次の表は1876年にある雑誌で引用された資料で、ハンガリー方式(石臼)とロール製粉機とを比較したものです:

小麦粉のグレード                   石臼        ロール製粉機
上級粉(グレード0-3) ・・・ 24%        34%
中級粉(グレード4,5) ・・・ 11%      22%
下級粉(グレード6-9) ・・・ 41%            20%
小麦粉計                              76%           76%

石臼方式におけるグレード3の小麦粉というのは、アメリカにおけるパテント粉と同程度の品質です。グレード6以下の小麦粉は、アメリカでは商品価値がないため、グレード0-5の小麦粉を合わせたものが、当時アメリカで流通していたストレート粉となります。この表で注目すべきは、ロール製粉機では石臼の半分しか下級粉が発生しないことです。また石臼では上級粉が小麦粉全体の1/3であるのに対し、ロール製粉機では半分近くも採れるようになりました。

従来からの製粉業者は、「もし粉砕した小麦粉全てが高値で販売できればどんなに素晴らしいことだろう」という淡い希望を抱きながら、毎日製粉していました。そんなときロール製粉機や段階式製粉方法についての噂を耳にし、「そんな素晴らしい方法があるのなら、試してみたい」と考えるのも自然な流れです。ただここで忘れてはならないのは、現在の私達は、最終的にロール製粉機が主役になることを知っていますが、当時の彼らにとっては、それがまだ海の物とも山の物ともつかない代物だったということです。よって新方式を試してみるには、かなりの勇気がいったに違いありません。

製粉業者は、とりあえずロール製粉機をいくつか導入してみようと思い立ちますが、そのコストはばかになりません。しかも支出はそれだけではありません。実際に段階式製粉方法を効率的に運用しようとすれば、ロール製粉機だけでは不十分で、ロール機から排出されたストックを、篩い分けたり仕上げ加工したりするために、回転式篩い機、ピュリファイアー、アスピレーターなど数多くの関連機械が必要になってきます。そしてそういった段階式製粉方法を取り入れた日産200バレルの製粉工場の建設費用を聞いたら、従来の製粉業者はきっと腰を抜かしたに違いありません。

つまりロール製粉機を採用した製粉工場というのは、従来の家内工業ではなく、大手企業でなければ対応できないのです。それは単に建設費用が莫大であるというだけでなく、ロール製粉機の生産能力は大きく、そして小麦粉市場も飛躍的に伸びようとしていた時期でした。工場建設のための技術者が益々必要になり、製粉工場の経営には、従来とは異なる経営資質が求められるようになります。家内工業的な製粉所から大規模製粉工場へと移行する中、従来からの1人で何でもこなしていた粉屋は、傍流へと追いやられ、それさえも最終的には必要とされなくなってしまいます。そして代わって登場したのが、特定の専門分野に特化した技術者とほとんど製粉経験のない労働者たちです。