#839 近代製粉の確立④・・・近代製粉の完成
近代化への移行は一見スムーズに見えますが、実際はそうではありません。1880年代の製粉業者が抱えていたロール製粉機の操作上の問題点は、想像以上に悩ましく、当時の彼らの知識や経験では解決できないものばかりでした。どの製造業者を信用して良いのかわからず、もちろん個々の技術の良し悪しも判断できません。彼らが入手できたのは製粉に関する僅かの出版物しかありませんでした。様々な雑誌が創刊廃刊を繰り返し、最終的にはノースウェスタン・ミラー紙とアメリカン・ミラー紙の2紙が残りました。両紙は、1873年に社内報として創刊し、アメリカの製粉産業と共に育ってきたといえます。創刊当初は、両者はかなり対立していましたが、意欲ある製粉業者にとってはどちらも大いに参考となりました。今ではこの両紙は混乱した時代を理解するための貴重な資料でもあります。
ロール製粉機に関する個々の技術的な問題点について説明しようとすれば、それ自体が一冊の本になってしまいます。1880年代においては充分な経験則もないまま、様々な諸問題を解決する必要がありました。ブレーキロール機(最初の段階で小麦を大きく割る工程)を操作する製粉技師には大きな使命が課せられていますが、ロール製粉黎明期にはそれこそ雲つかむような気持ちで、そして手に汗を握りながら操作していたに違いありません。優れたロール操作を行うには、常に注意深くストックを観察し、異常をいち早く察知し、変更が必要かどうかを即座に判断し、もしそうなら勇気を持って変更する決断力が必要でした。
このような高い洞察力と決断力は、複雑なメカニズムをもった単一機械にだけ要求されるものではありません。もし製粉工場にある変更を加えた場合、それがシステム全体にどのような影響を及ぼすかを想定し、的確な対応をとることが重要です。専門的になりますが、ロール機製粉で使用されるロールは、速差ロールといって両者の速度が異なります。これは低速側ロールが静止し、高速側ロールが両者の速度差で回っているのと同じで、そこにせん断力(引き裂く力)が生じます。
またロール表面の形状には向きがああり、図のように4種類の組み合わせが可能です。一番効率よく引き裂かれるのは、Bの組み合わせで、これを「シャープ-シャープ」といい、その逆はAで「ダル-ダル」といいます(sharpは鋭い、dullは鈍いの意味)。そして「ダル-ダル」の組合せで設定していても、「小麦の水分が多い」、「小麦が柔らかい」、「調質工程が充分過ぎる」、「雨天が続く」、といった場合には「シャープ-シャープ」の方が適しているかも知れないし、それ以外にも考慮すべき様々な状況があります。
ロール間隙を広げすぎると篩いやピュリファイアーには能力以上の負荷がかかり、その結果、下級粉の品質が良くなり過ぎ、製粉工場全体としての重要なバランスに狂いが生じてしまいます。また逆にロール間隙を狭くし過ぎるとブレーキ粉の品質が低下し、再度工場全体のバランスが崩れてしまい、本来必要な量のストックが流れなくなります。結果、ふすま片が篩いの網の目を通過して、上級粉の色調が劣化し、また良質のストックがピュリファイアーのファンによって吸い上げられて無駄になるかもしれません。
ロール機製粉での成功は、長くて険しい道程です。またうまくいったとしても、それが必ずしも利益に繋がるとは限りません。ロール機製粉の市場は未曾有の分野であるため正しいコスト計算が難しく、勢い原価を割った乱売合戦に陥ることもあります。また市場での不確定要因も大きいために、それだけ競争が激化するかも知れません。小麦は商品であるため、その価格は毎日変動しています。よってタイミングによっては、他の業者よりも高い小麦を購入することもありますが、市場はそれを考慮してはくれません。このように紆余曲折を経て、問題点を一つひとつ解決しながらようやく製粉産業は近代化を成し遂げることがきました。