#849 現在の麦事情

先日、農水省より「麦の受給に関する見通し」がアップされましたので、簡単にまとめました。まず一口に麦といっても、いくつか種類があり、大きく小麦と大麦に大別されます。小麦は製粉されて小麦粉となり、パン、めん、菓子などの小麦粉製品の原料となるのはご存知だと思います。一方、大麦はというと、二条大麦(ビール・焼酎用途)、六条大麦(押麦(麦飯)、麦茶用途)、はだか麦(丸麦(麦飯)、麦みそ用途)に分類されます。下図は解りやすく分類されています(農水省資料)。

さて消費量をみると、小麦は昭和40年頃までは消費が順調に伸びていましたが、その後現在に至るまで毎年31.6kg/人程度と安定的に推移しています。補足ですが、この31.6kgというのは、小麦の可食部換算(歩留り78%)での表示です。つまり小麦そのものに換算すると40.5kgとなります。早い話、縦軸は小麦粉の摂取量と表示した方がわかりやすいかも知れません。また令和5年の食糧用小麦の総需要は562万トンですが、国産小麦生産量が約100万トンなので、差し引き約460万トンが輸入される予定です。

一方、食糧用大麦及びはだか麦の消費量は、昭和35年の8.1kgからは右肩下がりで減少を続け、近年は0.3kg程度です。昔は、一部お米の代替として使用されていましたが、お米が充分に生産されるようになってからは、需要が減少し、近年は健康食品としての存在感がアップしています。

ところで大麦は3種類ありますが、それぞれの名前の由来は、次のようになります。六条大麦(6条種)は、結実する穂の数が6列すべてあることから六条大麦、また二条大麦(2条種)は、結実する穂の数がそのうち2列であることから二条大麦と呼ばれます。 1本の茎になる穂の数が違うため、六条大麦は二条大麦より粒が小さく、小粒大麦とも呼ばれます。さらにはだか麦は脱穀する時に、簡単に殻粒の皮が取れることが名前の由来です。

ここまでは、すんなりと納得できますが、では小麦と大麦の名前の由来は何なのか気になります。粒の大きさをみても小麦と大麦は大した違いはないし、消費量については小麦が大麦の100倍も消費されているのに、妙な感じです。実は、結論を先にいうと、3世紀に張揖が名付けた大麦と小麦がそのまま日本に輸入されて使用されているのです。「麦の自然史(北海道大学出版会)」の第2章「ムギを表わす古漢字(渡辺 武著)」の中に、次のような記述があります。

ちなみに中国の字書で大小のコムギの区分が初めて立てられたのは、三国魏(3世紀)の張揖(ちょうゆう)の「広雅(こうが)」においてで、本書の巻十上釈草の条に
大麥は麰なり、小麥は麳なり。
と記されている。麳(らい)は、ムギに関係するので往來の來と区別するため、漢代あたりに麥編を添えて造字されたのであろう。したがって麳は來と通用する。本来は來麰と熟する語彙が、張揖によって麳(=來)はコムギ、麰はオオムギにそれぞれ固定されたのである。張揖が麳・麰の文字に対して、意図的に大小のムギを振り当てた印象を受ける。

 そもそも英語では、小麦はウィート(wheat)、大麦はバーリー(barley)、ライ麦はライ(rye)、えん麦(オート麦)はオーツ(oats)と、本来それぞれ関係ない穀物です。では張揖はなぜ、wheatに小麦を、barleyに大麦をあてたのか?ここからは推測ですが、3世紀においては、小麦よりも大麦の方がメジャーな穀物であったと考えるのが妥当です。つまり大麦は粒食が可能であるため、加工が比較的簡単であるのに対し、小麦は胚乳部分が柔らかく、表皮が強靭な食物繊維である蟹(カニ)のような構造をしているために、小麦粉に加工するのが困難です。現在のような白い小麦粉が製造されるようになったのは、比較的近年になってのことです。よって当時のメジャーな穀物であるbarleyには「大」が、マイナーなwheatには「小」が当てられたのだと想像します。