#875 「人類の起源(篠田謙一著)」・・・② 3種の人類の交雑
さらに2018年にデニソワ洞窟から発見された19万年前の1cmの長幹骨の破片から抽出されたDNAが分析され、この人物がネアンデルタール人の母親とデニソワ人の父親から生まれた混血であることが判明。そして骨の厚さから13歳前後、またゲノム解析の結果、女性であることも判明しました。つまりネアンデルタール人とデニソワ人とが交雑している事実が明らかになりました。
デニソワ人は、チベットの高地から東南アジアの密林地帯までの広範な地域に住み、数万年前まで生存していたと考えられています。この時代の化石人類として有名な北京原人やジャワ原人などは、デニソワ人である可能性も指摘されています。
古代ゲノムが解析されるようになり、デニソワ人という未知の人類もメンバーに加わることになりました。図は、化石とゲノムデータからわかっている100万年前以降に生存したと考えられる人類の系統です。ネアンデルタール人とデニソワ人は、43万年前より前に分化したと考えられています。そして現在では、アフリカで20万年前に誕生したホモ・サピエンスは、6万年ほど前に出アフリカを遂げ、旧大陸にいたホモ・サピエンス以外の人類を駆逐しながら世界に広がったと考えられています。またホモ・サピエンスと「ネアンデルタール人とデニソワ人の共通祖先」との分岐は、64万年前と考えられています。
ホモ・サピエンス、ネアンデルタール人、デニソワ人という3種の人類は、数十万年にわたって共存し、互いに交雑することで遺伝子を交換してきたこともわかっています。では三者が交雑していたのに、なぜネアンデルタール人やデニソワ人が姿を消し、ホモ・サピエンスだけが残ったのかという疑問が残ります。これについては、言語能力に関するゲノム領域では、ネアンデルタール人由来のものが皆無であることから、言語能力に劣るネアンデルタール人が淘汰されたのかもしれません。また生殖に関する能力については、ホモ・サピエンスの遺伝子の方が優秀であったために、子孫を残しやすかった可能性も指摘されています。
三者のゲノムを比較すると、ホモ・サピエンス固有のゲノムは、全体の1.5~7%程度あり、よって分化してから60万年余りを経てこれだけの差異が生じたことになります。生物進化では、隔離によって集団の分裂が起こり、その状態が長く続くことで種分化して異なる種が成立します。一方、分化とともに交雑がホモ・サピエンスを形成するために重要な要素にもなっています。我々は、孤立の果てに単一種として地球上に存在しているのではなく、過去の多くの人類をその中に包含していることになります。
ところで本書では「最古のイギリス人の肖像」というタイトルのコラムが紹介されています。これはイギリスでもっとも古い人骨のひとつであるチェダーマン(約1万年前)のゲノム解析から明らかになった復元像です(画像参照)。この人骨は、チェダーチーズで有名なイギリス南西部のサマセット州チェダー地方で1903年に発見されました。2018年に、大英自然史博物館によってDNAが分析され、顔面が復元されました。現代のイギリス人とは違い、肌の色は褐色、目の色はブルーでした。
さて本書発刊からしばらく経った先月、このチェダーマンついてのニュースが報道されたので驚きました。なんとこの遺骨の発見場所から僅か半マイルのところにチェダーマンの子孫が住んでいることが判明したのです。チェダーマンの臼歯から抽出されたDNAにより、近くに住むエイドリアン・ターゲット(元歴史教師)が子孫として特定されました。つまりエイドリアン・ターゲットと約300世代遡ったチェダーマンは共通の母親を持っているのです。そういえば肌の色こそ異なりますが、両者の顔の輪郭や雰囲気はなんとなく似ているような気がします。