#939 手延そうめんに適した小麦粉①・・・小麦粉生地が延びる理由
【①手延用小麦粉の基本仕様】
小麦粉の特性を表すために、一般に利用される指標は、灰分とタンパク含有量です。前者は、小麦粉を高温で燃焼したときに残る灰の量のことで、うどんや素麺の色調と密接な関係があります。つまり灰分量が少ないほど冴えた色調となり、逆に多くなるとくすんできます。一般にうどんやそうめんなどの和風麺用粉は灰分0.38程度が標準となります。
一方、小麦粉には様々な種類のタンパク質が含まれていますが、とりわけ重要なのが弾性を有するグルテニンと粘性を有するグリアジンです。この両者は生地中で粘弾性を有するグルテンとなり、このグルテンが生地中で立体網目構造を形成することで、生地はバラバラにならずに自由に成形することが可能です。手打ちうどんの生地を薄く延ばすことも、手延そうめんを細く長く延ばすことができるのも、すべてこのグルテンが持つ粘弾性、つまり「つなぎ力」のおかげです。米粉にはグルテンが含まれないため、いくら加水量を調整しても、粘りのある生地にはなりません。
ざっくり言うと手延用小麦粉の標準的な仕様は、灰分0.38%、タンパク質含有量9.0%辺りが基準になります。但しこれらの数値は、多岐にわたる小麦粉の性質を断片的に表示したに過ぎず、この2つの条件を満たしているからといって、直ちに手延用小麦粉に適しているわけではありません。例えば食味食感を大きく左右するでんぷん質は、小麦粉中に70%以上含まれていますが、上記指標はでんぷんの性質とは一切関係がありません。つまり最終的には実際に小麦粉を使用して作業適性を見極め、できあがったそうめんの官能検査を行った上で決定することになります。
【②手延用小麦粉に求められる条件】
生地の「つなぎ力」の源であるグルテンはうどんにとって重要ですが、手延そうめんにとっては更に重要です。簡単に理由を説明します。手延べそうめん1束(50g)には約300本の麺が含まれます。素麺1本の長さは19cmなので1kgの手延べそうめんを一列に並べると1,140mになります。手延素麺はひとつの生地をひっぱりながら延ばして仕上げるので、小麦粉1kgの生地は、なんと1km以上に延ばされることになります。言い換えると手延べそうめんは、元の生地の1/10000の太さ(細さ)になるわけです。
生地を引っぱって細くできるのは、そのグルテンのもつ粘弾性のおかげです。うどんは太いので、多少グルテンが少なくても丁寧に作業すれば美味しいうどん作りが可能ですが、手延べそうめんは、グルテンがしっかりしていないと、途中で切れてしまい、うまく最終製品までたどり着けません。早朝から起きて作業を続け、いざ延ばす段階になって「ぼとっ」と切れたのでは堪ったものではありません。また切れなくても、腫れ物に触るように恐る恐る延ばすのでは、余りに非効率です。
つまり手延そうめんにとっては、「スイスイ」延びることが絶対条件なのです。手延そうめんは、細くてきれいな麺線が揃っていて初めて、手延そうめんとなります。きれいな麺に仕上がって初めて、食味食感についての評価が可能となります。製造者は、独特の表現で「よく延びる粉をもって来てくれ」といいますが、これはしなやかな粘弾性に富んだグルテンがあってこそ可能です。
以上のような条件を満たす和風麺用小麦粉としては、従来グルテンの伸展性に優れたASW(オーストラリア産スタンダード・ホワイト)が主として使用されてきました。ASWは和風麺用に開発された小麦品種であるのに加え、ASWが耕作されている豪州南西部は少雨乾燥地域で小麦生産には適地です。よってASWは品質のみならず安定度抜群の銘柄であるため、和風麺用小麦の代名詞となりました。状況によっては伸展性をさらに補強するために、硬質小麦を添加することもありますが、手延用小麦粉の基本となる小麦品種はASWです。