#944 「パン入門〈改定2版〉井上好文著」②・・・食感と気泡構造の関係

本書では、もちろん基本的なパンの製法についても詳述されていますが、これについては#519#520#521をご参照ください。ここでは、パンの気泡構造について焦点をあてます。パンの美味しさを差別化する要素としては、香りや風味も大切ですが、特に食感が重要です。同一原材料で作ったパンでも、その作り方に違いによって、ふわふわ、しっとり、モチモチ、シコシコ、サクサクなどの異なった食感に仕上げることが可能で、その鍵となるのか気泡構造です。

断面をみるとわかるように、パンはたくさん気泡をもった食品です。つまりパンを食するということは、気泡膜を咀嚼することに他なりません。そして気泡膜の厚さ、形状、および内部構造が異なると食感が異なるのです。気泡膜の厚さが異なるとパンの食感は大きく異なります。また気泡膜が薄いほど軽くソフトな食感になり、逆に厚いほど噛み応えが強い食感になります。そしてボリュームが大きいパン(単位重量当たりの体積が大きいパン)ほど気泡の膨張度が高いために気泡膜が薄くなり、食感は軽くなります。よって同一ボリュームであっても気泡数やその形状が異なると、気泡膜の厚さと流れが異なり、食感が異なります。

図のフランスパンは3種とも外観は同じパンにみえますが、断面をみるとそれぞれ異なった気泡構造をしています(下画像)。(A) は気泡が大きくかつ粗い構造であるのに対し(C)は小さく細かい気泡が多く、(B)はその中間です。下画像は気泡が白色、気泡膜が黒色を示しています。つまり(A)は気泡膜が少ないために気泡膜が厚く、(C)は気泡数が少ないため気泡膜が薄いことがわかります。よって各パンを食するということは、黒色部分の気泡膜を咀嚼することに他ならず、(A)のパンは噛み応えの強い食感であるのに対し(C)のパンは軽めの歯切れの良い食感が特徴となることがわかります((B)はその中間)。

 

以上から食感は、「気泡数」がキーワードであることがわかります。実際、木目の細かいソフトなパンは気泡数約30000個/g、また木目の粗い重い食感のパンは気泡数15000個/gであることもわかっていて、これを図にしたのが下の画像です。(A)のように単位面積当たりの気泡数が多いパンほど白色部分の気泡が細かく、黒色部分の気泡膜が薄くなり、その結果、軽くソフトな食感が特徴となります。またこのようなパンは焼成後の時間経過による気泡膜の主成分であるデンプンの再結晶化が進行しても、硬く感じられるのが遅く、すなわち老化が遅く、賞味期限が長くなります。よってこのような特性をもつパンは、ホールセールベーカリー向けといえます。

一方、(B)のモデル図のように気泡数が少ないパンは、生地の機械耐性が低いために(機械生産に不適)大量生産及び流通が困難となり、また老化が速いために賞味期限が短く、ホールセールベーカリーには不適です。よって手作りと焼きたてを主体とするリテイルベーカリー向きといえます。

ここで気泡の大きさと機械耐性との関係について考えてみます。パン生地に力を加えると、圧力は均一にはかからず、生地の凸凹や内部の構造によって局所的に強くかかる部分ができます。強く圧力がかかった部分に気泡があるとき、それが小さな気泡であるよりも大きな気泡である方が、先に潰れることは直感的に理解できます。特に機械成形では、大きな力がかかるため(モーターの力は人間よりずっと大きい!)、生地がローラーなどで押し伸ばされるときに、その部分に強い圧力が集中するため、大きな気泡がいち早く潰れたり破れたりしてしまいます。その点、人の手で成形する場合は、適度な圧力しかかからないので、ローラーと比較すると大きな気泡が潰れにくく、そういう意味でリテールベーカリーは大きな気泡を持った生地の成形に適していると言えます。