#947 「パン入門〈改定2版〉井上好文著」④・・・パン生地の冷凍

本書の内容は盛りだくさんですが、すべてを紹介するわけにもいかず、最後にパン生地の冷凍について簡単にまとめてみました。製パン工程途中で、生地を冷凍し、再び常温に戻して利用できれば便利ですが、もちろん問題もあります。パン生地の凍結点は、フランスパンは-4℃であるのに対し砂糖含有量の多い菓子パン生地は-8℃と低くなります。通常、パン生地は-20℃まで冷却することで、生地中の水分が凍結し、またパン酵母の発酵が完全に停止するため、長期間の貯蔵が可能となります。ただ氷結晶の生成と成長といったストレスが付加されるため、この問題に対処する必要があります。

ミキシング工程において生地中に空気が抱合されますが、このうち酸素は酵母によって資化されるため、生地中にはN2(窒素)だけが残ります。その結果、ミキシング終了時の生地中には、微細なN2による気泡が多数形成されます(下図参照)。その後、数分が経過すると酵母の発酵によりCO2が生成されますが、このCO2はやがて生地中の水に対し飽和状態となり、気泡への気化が進みます。そしてこれによって気泡の膨張が起こり、生地が膨らんでいきます。

 

よって通常であれば、B1→B2→B3(下図)のように、途中の工程で気泡数は減少するものの、成形工程終了時点では、気泡の構成成分はほとんどがCO2となっています。そしてこの状態で、生地を冷却すると、気泡中のCO2の溶解が進み(ヘンリーの法則=温度が下がると溶解度が上昇)、その結果、生地中の気泡の一部が消失し、気泡数が減少します。

一方、発酵を可能な限り抑制して成形工程を終了した生地には、CO2は発生せず気泡の主体はN2のままです。N2はCO2と異なり水には溶けない性質を持つため、温度を下げてもなくなりません。よってA1→A2→A3(下図)のように温度を下げても気泡の減少は起こりません。以上を考慮すると、発酵前に生地を冷凍すると、N2の気泡構造を維持しやすく、また解凍後も気泡核が残っているために良好な発酵が可能となります。つまり生地を冷凍(冷蔵も同様)するなら発酵前がベストということになります。

さて一般に食品が凍り始めるとき、「氷の結晶」ができるとその膨張した氷が食品の細胞膜や細胞壁を壊し、品質を劣化させます。そしてこの氷の結晶が大きく成長するのが、「-5℃~-1℃」の温度帯(「最大氷結晶生成温度帯」といいます)です。よってこの温度帯をできるだけ速やかに短時間で通り抜けることができれば、氷の結晶の発生を抑制でき、ダメージを最小限に抑えることができます。

しかしパン生地の場合は、事情が少し異なります。あまりに冷凍速度が速すぎると酵母が死滅しやすいというパン生地特有の問題があるのです。そこで経験則としてパン生地中心温度の理想的な冷凍速度は1.2℃/分が推奨されています。これを適用すると、たとえば中心温度20℃の生地をフリーザーに入れ-16℃まで冷却する時間は30分となります。

最近ではある程度の冷凍前発酵を行っても、冷凍生地のガス発生力を高い水準で維持できる冷凍パン生地専用のパン酵母も利用可能です。また冷凍生地の貯蔵温度は、酵母を考慮すると-20℃~-30℃の範囲が推奨されています。以上をまとめるとパン生地の最適な冷凍方法としては、①冷凍パン生地専用のパン酵母の使用②発酵前の生地を冷凍する③冷却速度は1.2℃/分④生地保存温度は、-20℃~-30℃ということになります。

繰り返しますが、本書は興味深い内容が盛り沢山に加え、図表等も数多く掲載されていますので、希望をいえば新書版サイズではなく、A5版サイズで読みたかったところです。