2004年9月のお知らせ

暑い毎日が続いたり、急に激しい雨が降ったり、今年の夏は予測できない天候が続きました。集中豪雨に遭われた地域の方々は大変だったことと思います。御見舞い申しあげます。

さて、アテネオリンピックも終わりました。オリンピック中継のために寝不足だった方も多いのではないでしょうか。オリンピックのテレビ中継視聴率、第3位は男子体操団体、第2位は北島耕介選手の水泳、そして第1位は女子マラソンだったそうです。気温30度あまり、最大高低差200メートルの過酷な条件のもとでマラソンレースは行われました。翌朝の新聞は、「途中で居眠りした人がいただろうか。いや日本中が息を詰め、目をこらした深夜だっただろう。30キロすぎ、野口みずき選手は独走態勢かと思ったのに、追い上げたヌデレバ選手はその差10秒と迫ってきた。誰もが眠気もなにも吹っ飛ばし、手に汗を握ったに違いない。」と報じました(実は、私もその一人でした)。

「人生はマラソンに似ている。いや、マラソンは人生に似ている。」・・・単調な競争のようで、起伏(きふく)に富んだ物語が秘められています。世界記録保持者の女王、イギリスのラドクリフ選手は突如36キロ地点で走るのをやめました。顔をゆがめ、涙を流していました。再び走りだしましたが、継続する力が残っていませんでした。何人もの選手が、コース脇で立ちどまって吐いていたそうです。「運動生理学」が専門の梶原洋子さんは、「走るときには、体重の5倍の重量がかかります。野口選手の場合、体重40キロだとすると、200キロ近い重量が片方の足にかかります。このなかで、スパートするには相当の筋力が必要だったと思います。」とおっしゃっています。25キロすぎからの野口選手のスパートは賭けでした。結局、勝利をもたらす賭けでした。

「大杉栄」は「人生は・・・各人がそこへ一文字・一文字書いてゆく、白紙の本だ。」と言いました。「キース」は「かつて2人の人間がまったく同じ人生の旅をしたことがないし、これからもないだろう。」と言いました。「三島由紀夫」は「人生が車の運転と同様に、慎重一点張りで成功するなどと思われて、たまるものか。」と言いました。みなさんは、どの競技・瞬間・選手が心に残っているでしょうか。卓球の福原愛ちゃん、気持ちを集中させようとしている眼差しが印象的でした。オリンピックと甲子園での高校野球大会。この夏は、元気と勇気をたくさん頂いた夏でした。

9月のお休みは 11日(土曜日)・20日(敬老の日)・23日(秋分の日)、
   それと日曜日です。

今年の「中秋の名月」は9月28日です。ちょうどこの時季、月は地平線から45度くらいの低い高度で空をすすんでいき、目線でとても見やすい高さにあるからだそうです。御供えものの「おだんご」はかって「里芋」でつくられていたそうです。このため、中秋の名月の別名は「芋名月」と言われていました。夜、「鈴虫」の鳴き声が聞こえます。「ホッ」とするひとときです。おからだ大切になさってください。

木下製粉株式会社会社  平成16年9月4日