2023年3月のお知らせ

「ほうれん草のおひたし・・どうぞ💛 すぐに食べられるからね」と、頂きました。ほうれん草の根元の赤みがかった部分が、ほんのり「あまい」味です。冬の冷たい空気をいっぱい浴びているから、あまいそうです。「ポパイ」のように「元気もりもり」になってきました。「ポパイ」の漫画って知っています❓(笑)

JR坂出駅から、10分ほどJR瀬戸大橋線に乗ると、瀬戸内海に浮かぶ島々が見えてきます。穏やかな表情をした小さな「島」があちこちに点在します。岡山県と香川県に挟まれた西備讃瀬戸に位置する28の「島々は「塩飽(しわく)諸島」と呼ばれ、「塩飽」の名前の由来は、昔の塩の製造方法の「塩焼く」と、激しい潮流を意味する「潮湧く」との説があるそうです。2000年前、「塩」は「藻塩焼く」という方法で作られました。「海水」をかけて天日干しをした「海藻」を焼き、溶かした灰を土器に入れ、煮詰めて作られました。

昔からから海上交通の要所であった塩飽諸島には、船の操縦を熟知した島民たちが育ちました。丸亀市からフェリーで35分。「本島(ほんじま)」(周囲約16km、面積約7k㎡)に到着します。戦国時代から江戸時代にかけて、熟練した船の操縦と造船技術により、豊臣秀吉や徳川家康により自治を認められた塩飽水軍の本拠地でした。「水軍」は、幕府などの当時の権力者が制定した法律に従って行動した軍事力のことで、海域の安全を守ります。1798年(寛政10年)、塩飽領を統治する「役所」として、「塩飽勤番所(きんばんしょ)」が設置されました。周囲の高松藩や丸亀藩には属せず自治権が保証され、独立した「役所」でした。現在、「勤番所」が残っているのは全国で、ここ本島だけだそうです。余談ですが幕末の万延元年(1860年)、太平洋を横断した「咸臨丸」の水夫50名のうち、35名は塩飽の島民たちが出身でした。たのもしいです。

2016年、(岡山県出身の)武田昌子さんは、本島に「ホンジマ ベーカリー🍞」という「パン屋」をオープンしました。2013年の瀬戸内芸術祭のとき本島を訪れ、「こんな素敵なところで、おいしいパンを食べたいなぁ」と思い、海辺の空き家を改造して開きました。昌子さんは本島でパン屋を開くことを決心したとき三つの誓いをたてました。①パンは本島で焼く。②のんびりしながらパン屋さんをする。③食べてくれる人の顔がわかる距離を大切にする。週末(土曜日と日曜日)のみの営業です。窓から見える海を眺めながら、パン🍞を焼かれるそうです。本島に行きましょう。Let ‘ s  Go to  Honjima!

3月のお休みは、4日(土曜日)・11日(土曜日)・21日(春分の日)そして日曜日です。

弊社では、「うどん」用の中力粉とともに、「パン」用の強力粉も製造しています。ホーム・ベーカリーで、発酵から4時間で、パンが出来ます。焼き上がりは「優しいかおり」に包まれます。おからだ 大切になさって下さい。