小麦と大麦
小麦と大麦、どちらが大きいかご存知ですか?
「名前からして当然、大麦の方が大きい」と思う方がいる一方、「敢えて聞くくらいだから小麦の方だろう」と考えるかも知れません。
結論を先に言うと、名前は粒の大きさには関係ないようです。画像はさぬきで栽培されている小麦(「さぬきの夢2000」と「さぬきの夢2009」)と大麦(イチバンボシ)ですが、むしろ粒の状態では小麦の方が大きいくらいです。つまりこの「大」と「小」は大きさには関係ありません。ちなみにイチバンボシは香川県で栽培されている大麦で、下図の大麦の中では「はだか麦」に分類されます。
英語では、小麦のことをウィート(wheat)といいますが、大麦はビッグ・ウィート(big wheat)とは言いません。大麦にはバーリー(barley)というちゃんとした名前があります。それだけではありません。私たちがライ麦と呼んでいるものはライ(rye)、そしてえん麦(オート麦)はオーツ(oats)だし、小麦(wheat)とは全然関係ありません。栃木県農業試験場HPをみると興味深い例として、植物分類上は「小麦」と「大麦」の違いは、「なす」と「ジャガイモ」ほどの違いがあり、全く別の植物とあります。日本語だと、ナントカ麦という名前が付いていると、無条件にみんな兄弟みたいに思ってしまいますが、なまじっか「麦」という字が付いてることが混乱を招いているような気がしないでもありません。
で、話は小麦と大麦に戻り、「ではなんで日本では何でそんな紛らわしい呼び方になったのか?」というと、それは粒の大小といった物理的な理由によるものではなくて、その用途や価値によるものだというのが正解のようです。つまり「大」はメジャー(主要なもの、重要なもの)であるのに対し、「小」はマイナーなものという基準によって命名されたというものです。言われてみれば「大豆」と「小豆」についていえば、確かに大豆の方が圧倒的に消費量が多いので納得できますが、麦の場合はどうもしっくりきません。
つまり現在全世界では毎年6億トンの小麦が生産されているのに対し、大麦はその1/4の1億5000万トン程度にしか過ぎず、小麦が圧倒的に優勢です。また小麦はパン、うどんなどの麺類、またケーキ・ビスケットなど私たちの身近な食品の原料なので馴染みが深いですけど、大麦となるといま一つピンときません。大麦の用途はというとビール、焼酎、味噌、家畜の飼料などで、最初にご紹介した香川で栽培されているイチバンボシは、味噌や麦茶などに利用されます。しかしいずれにしても、大麦は直接私たちの目に触れることが少ないので、小麦に比べるとどうしてもマイナーなイメージは避けられません。
「ではなぜ小麦が大麦でなくて、大麦が小麦ではないのか?」という素朴な疑問が湧きますが、昔は大麦の方がその存在価値が大きかったことが理由のようです。つまり皮を削ってご飯に混ぜたり、麦茶、味噌、醤油などの原料に利用したり、「大麦」は昔の日本の食生活にとって不可欠だったことが、大麦が大麦の名前を冠した理由のようです。また大麦の方が小麦より加工が簡単であったことも、大麦が先にメジャーになった理由の一つだと考えます。小麦は中の胚乳を取り出し、粉にしてこそ利用価値があります。それには石臼やふるいの技術など、高度な加工技術が必要ですが、石臼が普及したのは江戸時代頃だと言われています。
さぬきうどんは弘法大師が唐から持ち帰ったという逸話が有名ですが、これには確たる証拠はありません。しかし江戸中期の百科事典『和漢三才図会』(わかんさんさいずえ1713年)にはさぬきの小麦の記述が明記されているので、江戸時代には小麦がある程度流通していたことは確かです。このことから小麦が広く流通するようになったのは、大麦に比べる大分後のことだと考えてよさそうです。つまり石臼の歴史や史料などを考慮すると、小麦がある程度普及したのは300年程昔のことと考えるのが妥当でしょう。よって大麦、小麦というのはそれらが命名された時代の状況を反映したものじゃないか、っと。