人が最初に野生の麦を口にしたのは、ほとんど想像もできないくらい大昔のことです。他に食べるものがなかったのか、それとも好奇心からか、何れにしても最初に食べた感想はどんなものだったんでしょう?今とは全然違う麦は、口の中でチクチクした感触と糊みたいにべとべとしたほろ苦い食感がぐちゃぐちゃになり、酸いも甘いも入り交じった複雑なものであったと想像されています。

鳥の胃袋は、穀物を丸ごと消化できますが、人間にはそのような機能はありません。殻の部分は苦いし、なかなか消化管を通過できないにも拘わらず、私たち人類はきっと何千年にも亘り、穀物を歯で砕いてそれを呑み込んでいたに違いありません。つまり最初の粉砕器は、人の大臼歯ということになります。

その内に・・・、といっても気の遠くなるような時間が流れた後、誰かが口に入れる前に、2つの石に挟んで砕く方法を考えつきました。穀物を2つの石の間で擦ったり叩いたりすると、効率よく粉砕できることがわかったからです。その石が使いものにならなくなると、元あったところに戻りそれを捨て、また新しい石を拾ってきました。繰り返し使ううちに、どんな形の石が効率的であるか気がつきました。 そうこうする内に、彼は自分で石を都合の良い形に加工するようになりました。それがすり鉢やサドルストーンです。聖書ではその価値をモーゼの律法として次のように表現しています。「下臼あるいは上臼を質にとってはならない、なぜならそれは命そのものを質にとることになるからだ」っと。

「じゃあ、いつから使用されているの?」と聞かれると、その発展の跡を辿るのは至難の業です。その大きな理由としては、一緒に使用されていた上石が、滅多に見つからないことが挙げられます。というのは、上石はなんの変哲もない格好をしていたので、当初多忙な考古学者達によって必要なしと判断されたか、もしくはその何の変哲もない形状から知らずに捨てられてしまったとも言われています。

しかしサドルストーンも最終段階になると、上石は段々と形が完成されてきます。そして長さが20cm以上、幅が8cm、そして平らな面がいくつかあり、両手で掴みやすいような形になってきました。本格的なサドルストーンの登場は、エジプトの第3王朝時代で、これは紀元前三千年紀といわれています。そして驚くべき事はそのサドルストーンはその後エジプトにおいて延々と何千年にも亘り使い続けれらたことです。もちろん多少の改良はあったようですが、基本的にはずっと同じ形態で使用されていました。同じ生活がずっと何千年も続いていたなんて、今ではちょっと想像できません。エジプトってそんなに平和な国だったんでしょうか。